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密輸薬物、宛先は空き室 置き配で住人装い受け取り コロナ禍で悪用急増

きっかけは新型コロナウイルス禍の入国制限だ。従来の持ち込みができなくなり、代わりに国際郵便物や航空貨物に隠す手口が急増。制限緩和後も続いている。荷物の回収役をSNS(交流サイト)で募るなどして密輸がより身近な犯罪になる恐れもあり、警察や税関当局が警戒を強めている。

「報酬が欲しくてやった」。警視庁が2022年12月に覚醒剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で逮捕した不動産仲介会社の40代の男は、取り調べにこう供述した。男は覚醒剤約1.9キログラム(末端価格約1億1700万円)を3Dプリンターで使う材料に隠して航空貨物で輸入。東京都内のアパートの空き室前で受け取った疑いがある。

警視庁は男を内偵捜査し、空き室前に「置き配」された薬物入りの荷物を回収しようとしたところを取り押さえた。荷物の宛名は偽名。「知人の中国人の親戚を名乗る人物から受け取りを依頼され、報酬は10万円だった」とも供述しているという。

神奈川県警が同年6月に中国籍の20代の男を逮捕した事件でも、使われたのは空き室だった。男は無許可使用が禁止されている「ケタミン」約3キロを荷物に隠し、同県秦野市のアパートの空き室に配達を依頼。偽造した在留証明書で住人を装い、部屋の前で配達を待っていたという。

空き室を宛先にした薬物密輸事件は増えている。不正薬物の摘発・押収量が全国最多の横浜税関管内(東北・関東の6県)では、20年の3件が21年に7件、22年に13件と急増。過去2年の計20件のうち空き家は1件で、残る19件は集合住宅の空き室が使われた。同税関担当者は「共有エリアに防犯カメラがなく郵便受けにチラシなどがたまっているアパートの空き室が狙われやすい」と警鐘を鳴らす。

背景にあるのが、コロナ禍で置き配が一般化したことだ。集合住宅では配送業者が置いた不在連絡票の抜き取りや、置き配による薬物の回収が比較的目立ちにくい。

犯罪組織の広がりもありそうだ。特殊詐欺などでは近年、だました相手から現金などを受け取る「受け子」といった末端役をSNSの闇バイト勧誘で集める例が多い。警察幹部によると、中国に拠点を置く組織の関与が疑われる密輸事件で、回収役が対話アプリ「微信(ウィーチャット)」内のバイト募集に応じたと話したという。持ち込みに一定のリスクがあり、かつては暴力団の収入源だった薬物密輸が、よりハードルの低い犯罪になることで密輸量が増える恐れもある。

空き室が増えていることも、悪用につながっている。総務省が5年ごとに実施する「住宅・土地統計調査」によると、全国の集合住宅の空き室は18年に前回13年調査から約1%増の約475万戸。近年は伸び率が鈍化しているものの、右肩上がりが続く。

薬物入りの荷物は、回収役が宛名と同じ名前の表札を張るなどして住人を装い、荷物を受け取る場合が多い。横浜税関の担当者は「地域の空き室の近くで見慣れない人がうろついていたり、見覚えのない表札が張られたりしていたら警察や税関に相談してほしい」と話している。