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経済の誤診を繰り返すな

孤児になっても小さな喜びを探し続け、周囲まで幸せにする「少女ポリアンナ」。米作家エレナ・ポーターが1913年に出版した小説にちなむ。

楽観を勧め、悲観を戒める名言は数多い。チャーチル元英首相が「悲観主義者はあらゆる好機に困難を見いだし、楽観主義者はあらゆる困難に好機を見いだす」と述べたのは有名だ。英作家のオスカー・ワイルドは「楽観主義者はドーナツを見るが、悲観主義者はその穴を見る」と語った。

ただし、物事の良い面ばかりを眺め、悪い面から目をそらす現実逃避は「ポリアンナ症候群」と呼ばれる。悲観に傾き過ぎるだけでなく、楽観に振れ過ぎるのも危ういということだろう。

2023年の世界経済はスタグフレーション(景気後退とインフレの共存)に陥りかねない。経済政策のかじ取りも難しさを増す。主要国・地域の当局にとって、思い込みや油断は禁物だ。

まして米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)には、ポリアンナ症候群の前例がある。新型コロナウイルス禍やウクライナ戦争が招いたインフレは、需要の拡大と供給の制約が重なった結果だ。これを一時的な現象と見誤り、大規模な金融緩和の巻き戻しが遅れてしまった。

22年に開始した利上げにサプライチェーン(供給網)の修復が加わり、米欧の物価上昇率は前年比でピークを越えつつある。それでも目標の2%よりはるかに高く、FRBのパウエル議長やECBのラガルド総裁は金融引き締めの手綱を容易に緩められない。

利上げが足りずにインフレを根治できないのはもちろん、過剰な利上げで実体経済を冷やし過ぎるのも怖い。米欧の景気後退は「浅くて短い」との予測が現時点では大勢を占めるが、「深くて長い」(米経済学者のヌリエル・ルービニ氏)とみる識者もいる。

「インフレの衝撃波」――。米調査会社ユーラシア・グループは23年の世界10大リスクの4番目に、世界的な物価上昇がもたらす景気後退、金融不安、社会・政治の混乱を挙げた。その苦痛を増すような誤診は繰り返せまい。

 

 

 

注意すべきポイントは多岐にわたる。第1はインフレ要因の見極めだ。需要の拡大と供給の制約は、米国の物価をどれだけ押し上げたのか。FRBの内部でも見解が分かれる難問である。

19~21年の物価上昇を分析した米ニューヨーク連銀は、需要の拡大で3分の2、供給の制約で3分の1を説明できるという。一方、米サンフランシスコ連銀は22年春の時点で、前者が3分の1、後者が2分の1と試算した。

ユーロ圏ではほぼ半々と、ニューヨーク連銀ははじく。こちらも様々な推計があるだろう。とはいえ需給の力学や変動をできるだけ正確に捉えなければ、利上げのさじ加減を誤りかねない。

第2は金融引き締め効果の判定である。石油がパイプラインを通って目的地に届くように、利上げの影響は時間差を伴って浸透する。いまの利上げも経済に本格的な影響を与えるまでに、1年以上はかかるといわれてきた。

米カンザスシティー連銀によると、こうしたタイムラグが米国では短縮化しつつある。FRBの政策手段が08年のリーマン危機後に進化し、政策金利の変更だけでなく、フォワードガイダンス(金融政策の先行きを示す指針)やバランスシートの調節も重要な役割を果たすようになったからだ。

サンフランシスコ連銀によれば、米国では22年3月に始まった利上げも織り込むかたちで、21年11月から金融引き締めの効果が出始めていた。FRBが政策金利を年3.00~3.25%に引き上げた22年9月の時点で、実質的には5%以上の水準に達していたという。ECBも含め、肝に銘じなければならぬ分析ではないか。

第3は財政・金融政策の連携だ。米経済学者のフランチェスコ・ビアンキ氏らは22年の論文で、現在のインフレは巨額の財政出動や公的債務の影響も大きいと強調した。政府の規律や信認の低下を放置したまま、中央銀行が必要以上に金融引き締めを急げば、「財政スタグフレーション」を起こしかねないと警告している。

 

 

 

先進国は資源高や食料高の痛みを和らげようと、なお多くの予算を投じる。財源なき大減税で市場を揺らした英国の二の舞いを演じる危険も残る。中銀の金融引き締めをこれ以上難しくしないよう、政府も物価高対応の財政出動を真の弱者に絞るべきだろう。

経済の誤診を避けたいのは日本も同じだ。日本総合研究所の山田久副理事長は「デフレや低インフレの基調が続いた日本の物価動向にも変調が見られる」と指摘する。その変調は一時的なものでなく、構造的なものなのか。識者の見方は分かれようが、10年間に及ぶ異次元の金融緩和とこれに頼った野放図な財政出動を、いつまでも続けられないのは確かだ。

米経済学者が算出する世界の経済政策不確実性指数は、過去最高を記録した20年のコロナ危機の水準に近づく。日米欧を含む民主主義国家がここで判断を誤れば、権威主義国家の中国やロシアと対峙する体力を消耗しかねない。

ポジティブ思考の達人ポリアンナには学ぶところが多いが、そう楽観してばかりもいられない。