· 

Amazon Goに対抗馬 AIカメラなしのすごい顧客体験

米国で「Amazon Go(アマゾン・ゴー)」が一般公開されてから4年あまり。その後、海外ではAmazon Go以外にもレジなし店舗「オートノマス・ストア」を提供する有力ベンダーが多数出てきている。サイバーエージェント子会社のCA無人店舗(東京・渋谷)で取締役を務める平川義修氏に、「顧客体験の改善」を目指す3社をリポートしてもらった。

◇    ◇    ◇

Amazon Goの衝撃的なデビュー後、一気に普及するかと思われたオートノマス・ストアは、新型コロナウイルス禍の影響で主要ベンダーのシステムを取り入れた店舗数が、欧米・アジアを中心として600店舗程度(CA無人店舗調べ、2022年11月現在)にとどまっていた。しかし、ここ1、2年で各社がかなり店舗数を伸ばしていきそうな機運だ。

22年夏に欧米のベンダー10社の調査・ヒアリングを行った結果、各社が目指すオートノマス・ストアの方向性は大きく2つに整理すると分かりやすい。それが、「顧客体験の改善」と「新たな活用シーンの創造」という切り口だ。本稿では、「顧客体験の改善」に重きを置き、レジなし店舗を推進しているベンダー3社について詳しく解説していこう。 

(1)Accel Robotics(アクセルロボティクス)

オートノマス・ストアで街全体のスマートシティ化を目指す

従来型の大きな物流センターではなく、既存の店舗や営業所など顧客の近くにある小規模な倉庫から配送する仕組みである「マイクロ・フルフィルメント・センター」形態を中心に、複数のオートノマス・ストアを地域で配置し、街全体のスマートシティ化を目指しているのがAccel Robotics(アクセルロボティクス)だ。

米カリフォルニア州サンディエゴ中心街から少し離れたマンションの1階に出店しているのが「Valet Market(バレットマーケット)」。ここは小売店舗として運営されており、デザインや店舗の内装一つひとつの細部まで洗練されたデザインのおしゃれなオートノマス・ストアだ。ただ、それ以外の点においては他社の店舗と比較して一見して分かる特徴はない。 

しかし、Accel Roboticsの担当者から話を聞くと、かなりユーザーの顧客体験を意識した設計になっていた。Valet Marketが入居しているマンションは約700世帯、1000人が住んでいるのだが、立地しているエリアは決して治安が良いとはいえない場所である。そのため、「たまたま夕食の食材が切れてしまった」などの緊急需要に応えるべく、野菜や調味料といった品ぞろえを豊富にしている。

つまり、住民は遅い時間帯に危険を冒して外出する必要がなくなるのだ。万引きなどの懸念から、治安が良くないエリアとオートノマス・ストアは相性が悪いように思えるが、ここは無人店舗ではなく、あくまでレジなし店舗。数人の店員が常駐することで商品の強奪といったリスクを抑えているようだ。 

Valet Marketの店内

Valet Marketの利用に必要なアプリは、マンション住人の大多数がダウンロードし、活用している。欠品や商品リクエストはアプリでオーダーすると、自転車で5分ほどの場所に位置しているマイクロ・フルフィルメント・センターから店舗まで届けられる仕組みだ。

さらに、常駐スタッフが部屋まで商品を届けてくれるというサービスの充実ぶり。コロナ禍で日本でも広がりをみせた「クイックコマース」(アプリからの注文を短時間で指定場所まで届けてくれるサービス)と、オートノマス・ストアの複合モデルというわけだ。

ここでのポイントは、普段から顔見知りの常駐スタッフが部屋まで商品を届けてくれる点だという。電子商取引(EC)で日用品などを買う分には、郵便ポストや宅配ボックスに届けてもらうことで配達員と対面する必要はない。ところが、一般的に生鮮食品などは手渡しが基本だ。女性の一人暮らしの部屋に見知らぬ配達員が来て悪さをするケースは日本でも度々ニュースになるが、常駐スタッフが配達するValet Marketなら安心して注文できるという。

なお、Valet Marketはマンション住民以外でも、アプリさえダウンロードしていれば誰でも自由に入店可能だ。それでも限られた商圏であるため、購買データなどを細かく取得・分析して、品ぞろえに生かしているという。季節やトレンドのはやり廃り、マンションの家族構成の変化などに応じて、店頭に陳列する商品を随時入れ替え、在庫としてマイクロ・フルフィルメント・センターに確保しておく商品も適切に見極めるといったことだ。

このように住民の利便性を考慮したValet Marketは、しっかりとマンションに賃料も支払い、常時数人のスタッフを抱えながら単店舗で黒字化している。マンションの価値を高め、かつ従来のレジ打ちから配送要員兼ご用聞きへとスタッフの役割を変えることで、マンション、住民、スタッフの間で「三方よし」の関係を構築できている。

日本ではオートノマス・ストアの初期投資の回収が導入の障壁という声が聞かれる中で、Valet Marketは単なるレジレス化による人件費削減を目的としていない。アプリから得られるデータや店内から得られるデータを活用し、顧客が満足できる品ぞろえや売り場づくりの最適化、利便性を向上することで黒字化を達成している。オートノマス・ストアのお手本ともいえる店舗だろう。

そして、彼らが目指している未来はこれだけにとどまらない。もともとAccel Roboticsは、社名の通りロボティクスの分野で会社を設立した背景がある。そのため、オートノマス・ストアにおける店舗内オペレーションやスマートロッカーの設置、マイクロ・フルフィルメント・センターからValet Marketが入居しているマンション、またそれ以外のマンションへダイレクトに商品を届けるラストワンマイル配送の自動化など、サンディエゴの行政を巻き込んだ取り組みも視野に入れているとのことだ。

日本においても、都市開発などを手掛ける不動産デベロッパーやマンションデベロッパーなどと小売りのタッグによる「Valet Marketモデル」の実現、もしくは不動産と小売りの両方をアセットとして所持している私鉄各社でこのような新しい取り組みが生まれるかもしれない。

(2)Standard AI(スタンダードAI)

入店ゲートなし、ゲーム感覚でスタッフが働くユニークな形態

Valet Marketは一種の閉鎖商圏で、オートノマス・ストアの活用のされ方を追求し続ける模範的な事例だった。それに対して、米コンビニチェーンのサークルKなどと組んでオートノマス・ストアを展開しているStandard AI(スタンダードAI)は、人工知能(AI)カメラやセンサー類をフルに活用して店舗内で顧客やスタッフに新たな体験を提供している。 

米サークルKのオートノマス・ストア

一般的なオートノマス・ストアでは、入店時にアプリのQRコードをかざしてフラッパーゲートを開け、入店する手法を採用している。ところが、Standard AIの方式ではアプリでのチェックインは店内にいる間であればいつでもいい。天井のAIカメラによって店内での行動をくまなく退店時までトラッキングしているのは他と同様だが、入店時のストレスを減らす非常にユニークな仕様だ。

店舗入り口にゲートがあると心理的に入りづらいし、入店のたびにスマートフォンを出してアプリを立ち上げ、かざすのは面倒という声もある。このStandard AIの仕組みなら、入店時の心理的な障壁はなく、入店したものの結果的に何も購入しなければスマホを取り出す必要すらない。

なお、オートノマス・ストアにおいて入店のたびにアプリをかざすのは面倒という議論について、筆者は従来の有人レジでの支払いやセルフレジ、自身のスマホで商品をスキャンして買い物をする形式などと比べれば、圧倒的にストレスが軽減されるベターな方式という意見だ。 

サークルKの店内。ゲートはなく、アプリでチェックインする方式

Standard AIがユニークなのはこれだけではない。顧客だけではなくスタッフの体験も改善すべく、人の目では気付きにくい店内の改善すべき状況に対してシステムが自動でアラートを飛ばし、スタッフの行動を促す。

例えば、本来その棚にあるべきではない商品が置いてあった場合や、陳列在庫がある一定数よりも減ってしまっていた場合にスタッフへアラートが飛ぶ。そのアラートに対して、いち早く自身が対応する意思表示をすると、それが評価につながるという仕組みなのだ。スタッフはゲーム感覚で主体的にタスクをこなし、それが売り場の改善につながる。スタッフのモチベーションを高め、個人の成果と売り上げの向上を目指せるという。

一方で、オートノマス・ストアに対しては万引きを懸念する声がよく聞かれる。Standard AIのようにチェックインを入店後に行う仕組みでは、より万引きリスクが高まりそうだが、こうしたスタッフへのアラート機能とセットで提供することで予防しているという。

売り場の改善だけではなく、ある棚の前で一定時間以上立ち止まっていたり、うろうろと店内で商品を探し回っていたりして、困り事を抱えているであろう来店客や、逆に一定以上の閾値(いきち)を超えて挙動不審な行動をしている来店客への声掛けなど、ほかにも活用の方法は色々とありそうだ。

(3)OctoBox(オクトボックス)

AIカメラもセンサーもないオートノマス・ストア

オートノマス・ストアのベンダーは欧米企業だけではない。シンガポール国立大学では各キャンパスにそれぞれ異なる特徴を持つオートノマス・ストアが展開されているが、その中の1つでAIカメラすら使わない店舗が「OctoBox(オクトボックス)」だ。OctoBoxは学生が頻繁に行き来する大学キャンパスの中庭という好立地にあり、実際現地では学生たちが次々とOctoBoxに吸い込まれていく光景を目にすることができた。 

シンガポール国立大学にある無人店舗「OctoBox」

仕組みはこうだ。まず入店は手のひら認証(もちろん事前登録が必要)で、自動ドアのようなガラス扉が自動で開く。店内は20平米ほどで、天井に設置されているのはAIカメラではなく、防犯カメラだけだ。陳列されている商品は一般のコンビニと変わらないが、全ての商品に無線自動識別(RFID)タグが貼り付けてある。金属面や水分に弱いRFIDとの相性を考慮してか、商品そのものにRFIDタグが接点を持たないよう貼り付け方にも工夫がしてある。

決済方法はというと、店舗の出口手前に入店時と同じく手のひら認証で扉が開く個室があり、そこにある会計台に商品を置くとRFIDリーダーが商品を読み取り、セルフ決済機にてクレジットカードで決済する流れとなっている。決済を行う個室の出口に万引き防止用のRFIDリーダーが仕込まれていて、決済していない商品を持って退出しようとすると出口が開かない仕様のようだ。

この方式だと、複数人で訪れても一人ずつしか決済できないこと、決済手段を事前登録しておくことでよりスムーズに会計できそうな点など、まだ色々と改善の余地はありそうだ。 

店舗の出口手前に決済用の個室

ネットの口コミでは、商品の品ぞろえや賞味期限などについて様々な意見が挙がっていた。というのも、このOctoBoxは完全無人の店舗であり、ユーザーの店舗内外の行動観察や生の声のヒアリング、それらを踏まえた店舗内のUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザー体験)の改善があまり進んでいないのだ。商品の陳列や品出し、セキュリティーの観点だけではなく、一定数のスタッフを配置することでレジ打ち以外のタスクをこなす役割を担保したほうがいいのかもしれない。

こうしたRFIDタグを使った手法は以前から日本でも検討されてきたが、RFIDの貼り付けオペレーションや費用負担などの課題もあり、進んでいないと思われる。一方、実際にこのような店舗が大学内に存在し、色々な実験ができるのは、社会実装に向けたPDCA(計画・実行・評価・改善)を回す意味でシンガポールは環境が整っているといえるだろう。

(CA無人店舗 平川義修)

[日経クロストレンド 2022年12月15日の記事を再構成]