· 

静岡・熱海はアートの街 芸術祭や高級リゾートで求心力 観光新潮流②

アートを集客に生かす(2022年11月に開かれた「ATAMI ART GRANT」)

文化人らの保養地・別荘地として栄えた静岡県熱海市がいま「アートの街」として存在感を高める。意欲のある芸術家を呼び込もうと、若手向けの創作空間や創作活動を支える富裕層らの滞在施設の整備が進む。街全体を会場に見立てる芸術祭にはトヨタ自動車など大手企業が注目し、観光都市の求心力を増す好循環につながっている。

開発構想を説明するアカオ・スパ&リゾートの中野善寿会長(2022年12月14日、静岡県熱海市)

「熱海はアートの街として生まれ変わる」と語るのは、総合リゾートを開発するアカオ・スパ&リゾート(熱海市)の中野善寿会長だ。同社が観光ホテル事業を米国のファンドに売却した2022年12月、熱海を芸術家と創作活動を支援する富裕層が集まる地域へと一変させる中野氏の構想が動き出した。

アカオは隈研吾氏が設計した別荘を富裕層に分譲する(写真はイメージ)

約160億円を投じて、観光庭園や海水浴場などアカオが持つ約65万平方メートルの土地を高級リゾートへと生まれ変わらせる。敷地内に計32棟設ける別荘は建築家の隈研吾氏が設計を手掛け、富裕層に1棟あたり12億~16億円で分譲する。

アカオが別荘の管理運営を担い、オーナーの不在時には1泊40万円程度の宿泊施設として貸し出し有効活用する。中野会長は「芸術家を支援できるような富裕層がゆっくりと時間を過ごせる場にしたい」と話す。

レストランやカフェなど飲食施設も10棟ほど建て、新本社も置く。リゾートにはヘリポートもあり羽田空港から35分程度、静岡空港から30分程度でアクセスできるが、より別荘に近い場所に今後増設する。利便性をさらに高め、国内だけでなく中国や台湾など海外の富裕層も取り込む。

昭和の時代に団体旅行の目的地として脚光を浴びた熱海だが、もともと豊富な温泉や美しい景色で文化人や実業家、政治家らの心をとらえ明治・大正期から保養地や別荘地として栄えた歴史を持つ。美術館も数多く立地する。中野会長は「穏やかな海と雄大な自然が同居する熱海は、芸術作品を生み出すために適した環境」と指摘する。

実際に熱海は近年、芸術祭や展示会の場として注目を集め多くの来場者を引き付けている。22年には「ATAMI ART EXPO」や「熱海怪獣映画祭」など9月以降だけで10以上ものイベントが開かれた。熱海市も「季節ごとの観光客数の変動幅が小さくなってきた。アートで人の流れがかわりつつある」(観光経済課)と評価する。

22年11月に開かれた「ATAMI ART GRANT(アタミアートグラント)」。21年に始まった芸術祭で、若手芸術家らの作品を市内の旅館やゴルフ場など街じゅうを会場に見立てて展示する。創作活動のための部材やアトリエは企業などが支援。若手に約1~2カ月間熱海に滞在してもらい、創作を通じて地域の魅力の掘り起こしにつなげる。

トヨタ自動車は燃料電池車の給電能力をアートを通じてアピールした

大手企業も注目する。トヨタ自動車は燃料電池車「MIRAI(ミライ)」をアートの一部としてだけでなく、野外で使うプロジェクターなどに電気を供給する動力源として使ってもらうことで給電能力を訴えた。「アートを通じて車の持つ可能性を伝えていきたい」(同社)。芸術祭の来場者は21年の延べ約5万人から22年は延べ約18万人に増えた。

アートという新たな魅力が加わった熱海は今後どのように変貌していくのか。静岡県を代表する観光都市の「未来」からも目が離せない。