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米国流リスクを取る新世代経営者 「個の力」で殻破る

日本が「失われた30年」をさまよっている間に経営力を高めた欧米企業に学び直し、「個の力」で勝負する新世代経営者が出てきた。デジタルトランスフォーメーション(DX)によって新しい価値を加えて事業構造を一変させたり、人工知能(AI)などを駆使し、社会的な課題解決を効率的で需要のある事業にしたりして企業をつくり直している。今、古びた日本の経営の殻を破ろうとしている。

「えっ、間違いではないですか」

2021年2月、業務用ソフト大手の日本オラクル副社長だった湊宏司氏に一本の電話がかかってきた。「イトーキが次期社長候補に湊さんを挙げています」。ヘッドハンターにこう切り出され、驚きを隠せなかった。「オフィス家具大手のイトーキがなぜ、(畑違いの)オラクルの自分に次期社長の白羽の矢を立てたのか」

湊氏は1994年に東京大学を卒業後、NTTに入社。2003年に米南カリフォルニア大学経営大学院で経営学修士号(MBA)を取得した。08年にサン・マイクロシステムズ(日本)に転じ、米サンが米オラクルに買収されたのに伴い、10年に日本オラクルに入った。日米のIT(情報技術)系大企業で活躍し、現場からその経営まで知り尽くしている。データを基にした事業の再編、スピード感のある経営の方針転換といった米国流の経営を体得してきた。

一見、不釣り合いにも映るが、「ITの力でオフィスを変える」ことを重要課題の1つと考えていたイトーキ経営陣にとって、ぜひ欲しい次期社長候補だったのだ。

DXでオフィス家具業界を一変

オフィス家具業界は顧客の求めに応じて生産し、納品すれば終わりという時代ではなくなっている。オフィスを快適で働きやすい空間にするための設計・施工を含めて請け負うケースが増え、国内外で競争は激化している。加えて、16年に安倍晋三元首相が働き方改革を提言し始めた頃から、オフィスの生産性向上が企業の重要課題となってきた。新型コロナウイルス禍で、リモートワークの浸透など働き方も一変した。

「既に(あらゆるモノがネットにつながる)IoTの時代に入っているのに、オフィス家具はそうなってない。これを変えて、従業員の働き方や行動に関するデータを集めて活用していけば、オフィスの生産性向上という新たな付加価値を作り出せる。自分にできることはたくさんありそうだ」。湊氏は会社側の意図を聞いていくうちに、やる気もイメージも湧いてきた。アナログ産業とされる同業界を、DXで一新するのだ。

今、新しいタイプの経営者が産業界に登場し始めている。それはテクノロジーに詳しく、欧米流の経営を留学などで学び、さらに外資系企業でリスクを取って実践するノウハウも身につけた湊氏のような人々だ。

日本企業の典型の前例踏襲型サラリーマン社長でも、野心的な一部のプロ経営者でもない。1990年前後のバブル末期からの「失われた30年」と呼ばれる、日本経済の長期停滞の中で社会人としての階段を上り、「個の力」を磨いてきた新勢力と言える。

湊氏は2021年9月にイトーキ顧問、22年3月に同社長に就任すると、オフィス家具のIoT化を起点とした事業の構造改革へ動き始めた。例えば、オフィス内に多数のセンサーを設置し、従業員がどこで何時間働き、仕事の内容は会議か、一人作業かなどのデータを収集。これと各従業員の仕事の進捗状況などのデータを突き合わせて生産性分析ができるよう開発を進めているのも1つだ。

また、在宅勤務者とオフィスの従業員とのコミュニケーションを活性化する仕組みや製品開発も本格化。NTTドコモなどと共同で、在宅勤務者と気軽に相談や打ち合わせができるオフィス機器「オフィスサーフ」を開発し、22年11月に発売した。

新たな取り組みは、家具の販売からオフィスの設計・施工までのイトーキの競争力を底上げしつつある。業績への効果も一部出始め、22年12月期の売上高は前期比6%増の1230億円、営業利益は同64%増の42億円を見込む(22年12月23日時点)。

次は、集めたデータを基に会議の生産性や従業員の働く満足度を向上させる改善策を企業に提示する、新しいソリューション事業にも乗り出すという。オフィス家具業界が数年先に一変する期待を抱かせる。

湊氏は「MBA留学時代から強く感じていたことは、ビジネスを拡大するには日本国内の視点だけでは駄目ということ」と振り返る。オフィス家具から企業の生産性を改善するという試みも、日本では「唐突感」があるかもしれないが、実は米国では「マイクロソフトと米オフィス家具大手スチールケースが17年に協業を始めている」(大月剛・イトーキ常務執行役員)。日本企業の経営改革の遅れの一因が、グローバル企業のスピードに対する感度の鈍さだとすれば、新しい経営者たちは今、そこから変え始めているとも言える。

90年代の留学組が経営者に

世代的に見れば、52歳の湊氏に近い50代から60歳くらいの層に、米国留学や外資系企業での経営経験を持つ経営者が増え始めている。M&A(合併・買収)を駆使して事業ポートフォリオを大胆に入れ替えたレゾナック・ホールディングス(旧昭和電工)の高橋秀仁社長も60歳だ。東大の学生時代と銀行勤務時代の1990~92年に米コロンビア大学や同大学院に留学し、大学院でMBAを取得。その後、外資系企業で約13年の経営経験を積んだ。

米投資ファンド、ベインキャピタルが2020年に買収した昭和飛行機工業に招かれ、事業の選択と集中を進める59歳の森本大会長も同様の経歴を持つ。高校時代の1981~82年と大手信託銀行時代の91~93年に米国留学を経験。2度目では米ハーバード大学大学院でMBAを取得した。その後日本コカ・コーラなど外資系企業の経営に携わった。

写真=菊池 一郎

森本氏は「我々の世代が若い頃に支援体制が充実し始め、留学が急速に身近になった」と話す。森本氏の高校時代の留学支援機関によると、この年代の留学生数は、その10年前に比べて約10倍いたという。

90年代に入ると留学生数は一段と増えた。当時勤務していた信託銀行が年に20人も留学生を出すなど、「大企業が競うように送り込む時代だった」(森本氏)。文部科学省によると日本から海外への留学生数は、90年代に急増し、2004年に約8万3000人に達した。この期間に欧米などへ留学をした世代が今、経営者となって日本企業を変え始めたと言える。

演繹的思考でビジネス創出

米国流の経営の洗礼を受けた人材の幅は着実に広がり、増えている。彼らは日本企業に、新たなビジネスを起こすノウハウももたらしている。

「多くの人の暮らしを良くしたい」。19年10月、米グーグル副社長からパナソニック(現パナソニックホールディングス)に転じ、現在は執行役員の松岡陽子氏。新ビジネス創出の起点は社会課題の解決にあるという。松岡氏が重視する社会課題とは、働く主婦など生活と仕事の両立に悩む人が増え続けていること。それを手助けするため、21年9月にまず米シアトルで、22年9月に神奈川県で始めたのが、家事など生活者のさまざまな困りごとを手助けする支援サービス「ヨハナ(Yohana)」だ。

日本では月額1万8000円で会員になると、家の掃除から調理、贈り物の選定や手配、レストラン・病院の予約など、多様な家事を代行してもらえる。専用アプリに子供の誕生日などの予定や要望を書き込むと、専門チームがプランを提案し実行する。

社会課題から事業を起こす考え方自体は珍しくはないが、会員と接するチームをAIなどの最新テクノロジーで支え、高い満足度を実現するところで差異化している。米シリコンバレーにあり、松岡氏が社長として常駐するヨハナ本社には、米グーグルや米アップルを渡り歩いた一流のIT人材が珍しくない。51歳の松岡氏自身も、ワシントン大学准教授を務めたロボット工学者だ。

松岡氏は「日本の大企業はいい事業アイデアがあっても、開発の過程で営業や工場など各組織の事情が加わり、当初のコンセプトからずれたものになりやすい。そこが課題だ」と指摘する。まず事業コンセプトを大前提として置き、「顧客ターゲットとなる層を徹底的に勉強し、調査は対象を絞って直接インタビューする」(松岡氏)くらいに精緻に事業化を進める必要があるという。一方、データをむやみに集めたところで意味はなく、「Garbage in, Garbage out(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」と効率性が重要と説く。

松岡氏ら海外での経営経験を持つ人たちは、社会課題などの大前提に基づいて物事を分析し、結論を出す演繹(えんえき)的思考法が得意だ。一方、日本企業は多様なデータや客観的事実を集め、そこから結論を導き出す帰納法的判断が多い。一概に優劣をつけ難いが、アイデアが社内組織をリレーされるうちに崩れていきがちで、意思決定のスピードが遅い日本企業の特徴を考えると、この視点を取り込むことも重要だ。

日本の企業経営は、その強さからバブル期に世界の注目を集めたが、その後は一転、M&Aによる事業の大胆な入れ替えや、技術からビジネスを生み出す巧みさを持つ欧米企業の後じんを拝してきた。しかし、新しい経営者たちは欧米企業にもう一度学び、その殻を破ろうとしている。30年間、古びたままだった日本の経営はようやく、新たな局面を迎えつつある。

(日経ビジネス 田村賢司)