法人税負担の最低税率やデジタル化の対応を盛り込んだ約140カ国・地域の歴史的な税制改革の合意は、わずか1年あまりで綻びが目立ってきた。分断が進み、合意が崩れれば国家はマネーの流れをつかみきれず税逃れを助長することになる。税のくびきから逃れようとする企業や富裕層のマネーの抜け穴を塞ぐことができるか。国家の結束が問われている。
グローバリゼーションの進展とともに、多国籍企業や富裕層によるタックスヘイブン(租税回避地)を使った合法的な税逃れは高度化してきた。顕著になってきたのは1980年代。代表的なのは「ダブルアイリッシュ・ウィズ・ア・ダッチサンドイッチ」と呼ばれる手法で、米アップルが編み出したとされる。アイルランドやオランダ、英領バミューダ諸島などに法人をつくって複雑な取引を介して税負担を軽減してきた。
国家はこれを問題視した。経済協力開発機構(OECD)は1998年、有害な租税競争に関する報告書を公表し、2000年には35カ国・地域を名指しした。16年に富裕層の税逃れの実態を暴いた「パナマ文書」が公表され、国際的な批判が高まった。約140カ国・地域は21年、法人税負担の最低税率を15%とする合意にこぎつけた。

カリフォルニア大のガブリエル・ズックマン氏らの推計によると多国籍企業によるタックスヘイブンへの利益移転によって失われた世界の法人税収は19年に10%に達した。横浜市立大の上村雄彦教授(グローバル政治論)は「タックスヘイブンは税の役割である再分配機能をまひさせ、富の偏在の原因になってきた」と指摘する。
タックスヘイブンの歴史は長い。起源には諸説あり、英王家が財産を王領の島に移したのが原点だという説や、ローマ教皇領(最初の教皇領は8世紀)、13世紀のハンザ同盟の都市が起源との説がある。
いま多国籍企業が使う手法は「政府を含めた第三者への顧客情報の提供を禁じた1934年のスイス銀行法が源流の一つ」(東京財団政策研究所の岡直樹研究員)との見方がある。アーンスト・アンド・ヤングのマット・アンドリュー氏は「第2次世界大戦後に(主要国の)法人税が上がり続けたことが、カリブ海諸国など税率の低い地域が発展する要因になったのだろう」とみる。
税を巡る暗闘はいつまで続くのか。国際合意で抜け穴を塞げたとしても十分とは限らない。物理的なタックスヘイブンは衰退しても「メタバース(仮想空間)上などで形を変えて出現する」(敬愛大学の渡辺智之教授)との見方は根強い。国家と企業・個人の「いたちごっこ」の終わりは見えない。
コメントをお書きください