12年間を振り返っての自己評価や、後継社長となる植田俊取締役専務執行役員(61)への期待などを聞いた。
――12年間を振り返り、強く感じたことは何ですか。
「リアルワールド(現実世界)の価値を再認識したことだ。街に人を集めることが不動産業の仕事なのに、新型コロナウイルスの影響で『集めてはいけない』となり、とても苦しかった。漠然とリアルの価値は分かっていたが、ありがたみを改めて感じた」
「ワンセット」での提供
――主導してきた「ミクストユース」型の街づくりには追い風となりそうです。
「自分なりに総括すると、単体のオフィスビル対オフィスビルや住宅と住宅の競争ではなく、街と街の競争になると思った。そこで11年の社長就任後、商業施設や公園などが一体となった『ミクストユース』型の街づくりを進めた。働くだけでなく住まいや買い物をする場所、憩う空間などをワンセットで多くの人に提供することを目指した」
「不動産はモノや空間を売ったり貸したりするビジネスが中心だが、モノからサービスへの転換も考えた。従業員や入居者の体調管理や宅配などのサービスを導入し、当社の施設に入れば健康で快適に過ごせることを意識した。近年はコミュニティーづくりにも力を入れている。東京の日本橋にライフサイエンスや宇宙のコミュニティーを用意し、有益な情報や技術支援を得られる場の提供を進めた」
――海外事業に力を入れた理由は何ですか。
「総合デベロッパーとしてグローバルカンパニーに進化したいと考えたためだ。ただしバブル期に日本企業は米マンハッタン地区の土地を買ったが、うまくいかなかった。不動産業はローカルビジネスのため、地元のコミュニティーに入らないと良い情報を得られない。現地事務所を通じて行政や関係者と良好な関係を築き、優良な現地パートナーとの連携も進めた」
「結果として22年秋にマンハッタンで、地上58階建てのオフィスビル『50ハドソンヤード』を完成させた。米ブラックロックやメタ(旧フェイスブック)が入居を決めている。ニューヨーク市内で最も高い水準の賃料収入が見込める。12年には英ロンドンで公共放送BBCからスタジオを取得した。当時はオフィス街の一等地でなかったが、英国民の思い入れのある場所で交通の便も良かった。今では人気エリアに育っている」

――スポーツを絡めた街づくりも増やしています。
「ミクストユースを進めるなかで、新たなコンテンツの必要性を感じた。その一つがスポーツで、エンターテインメントも交えた街づくりを計画した。当社は広島市でボールパーク開発の経験を持ち、仙台市ではスケートリンクを運営している。東京ドーム買収も新たな街づくりの一環と言える。リアルの価値を最も生かせるのはスポーツやエンタメであり、これらが価値の高いコンテンツと教えてくれたのは新型コロナだった」
業界トップを常に意識
――三菱地所の時価総額を意識していますがライバルとして、どう見ていますか。
「三菱地所は丸の内地区に広大な土地を保有しているが、当社は日本橋がメインと言っても自社で持っているわけではなく、多くの地主がいる。様々な都市で地道な交渉を通じて再開発を進め、運営や物件売却を手掛けてきた。業績面に加えて、最近は時価総額でも三菱地所を上回ることが増えている。ビジネスモデルや強いエリアは違うが、社長として務める以上は業界トップを常に意識してきた」
――残る任期は短いですが、やり残した課題は。
「難しい質問だ。不動産業は一つのプロジェクトが終わると、次のプロジェクトが走り出している。どこかで区切りを付けるしかない。その意味では23年3月期の連結営業利益は3000億円を見込み、25年ごろまでの長期経営計画の営業利益(3500億円)に近づいた。次の経営計画をどうしようかと、21年の終わりごろから考え始めた」
「自分で描かないといけないと思っていたが、よく考えると次の経営計画の実行者は私ではない。変化の激しい時代に20年も社長を続けたら会社の可能性を制約してしまう。一人の発想の範囲は限られており、次の社長に描いてもらうのが一番だと考えた」
限界を超えることに期待
――次期社長の植田氏に期待することは何でしょう。
「近年の経営計画の進捗に貢献した私の右腕で、人物や能力はすばらしい。社内外の人望も厚く、リーダーシップを発揮して新時代を切り開いてくれると思う。そして僕はミクストユースやグローバル化などを打ち出したが、植田君には僕の発想の限界を超えてほしい。リスクを伴う事業も多いが、その点でも僕の限界を超えてほしいと思う」
投資家との対話、新社長にも課題
「アベノミクス効果もあり、在任期間は不動産市況が良かった」。三井不動産の菰田正信社長はこう謙遜するが、23年3月期の連結売上高は2兆2000億円と、10年前と比べて52%増える見通しだ。営業利益は3000億円と、ほぼ2倍を見込む。今後も日本橋や内幸町、神宮外苑で大規模な再開発を計画しており、事業拡大を進める。
ただし株価は振るわず、ここ1年間は2500円から3000円での推移が多かった。マーケットの評価について菰田氏は「甚だ不満だ」と述べたうえで「不動産業の経営について、もう少し本質的なところを理解してほしい」とも語る。機関投資家や個人投資家との対話は、植田新社長に引き継ぐ課題となる。
取材の終盤で菰田氏は「4月から会長に就くが、自分が選んだ後継者を支えていく」と強調した。為替や金利動向、地政学リスクなど事業環境は刻々と変化する。自身の経験やノウハウを社長に伝えて会社の成長を助け、現体制で達成できなかった目標の実現を後押しすることが、会長としての新たな役割となる。
(原欣宏)
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