インターネットビジネスへの興味が抑えきれなくなる一方、10年、20年先、ベテランになった自分の姿を想像します。米国のP&G本社で、専門家として今とそれほど変わらない仕事に明け暮れている……。「将来の可能性としてそれは面白くない」と感じました。あまりにも決まった道を歩む人生はつまらない。
そんなとき、友人の友人を通じて偶然、転職話が舞い込んできました。「ある外資系のネット企業が人材を探している」。それが日本進出を目指していたネット書店、アマゾンでした。
日本法人を立ち上げたトップから仕事内容と待遇などについて説明を受けた後、米国本社の幹部と電話で話しました。人事や財務、事業各部門の4~5人が語ったアマゾンの将来への情熱に私の心が揺さぶられました。私にとってP&Gのキャリアでは得られなかった経験です。
それでも、やはりためらいはありました。老舗企業、P&G日本法人という安定した仕事を捨てて、成功する保証はないベンチャーに転職するリスクを考えます。ネットの専門家ではない上、アマゾンとの当初契約では報酬や待遇も下がります。
信頼していたP&G日本法人のトップに、神戸市内のオフィスで正直に転職の考えを相談したところ「ネットの書店など日本に根付かない」と猛反対です。それでも結局、諦め切れない自分がいます。
2000年にP&Gを退社し、船出したばかりのアマゾン日本法人の土台づくりに乗り出しました。
年末には神戸市から東京に転居し、アマゾンジャパンに入社します。JR渋谷駅近くのビルのワンフロアが本社でした。社員のほとんどは日本人で、情報通信やネット企業からの転職組が大半。30代を中心としたわずか20人程度です。千葉県市川市に借りた書籍の配送センターの人員を含めても、60人ほどという小所帯でした。
翌01年夏、ワシントン州シアトルのアマゾン本社でベゾスさんと会いました。
当時の古びたオフィスで初めて見たベゾスさんにはオーラがあり、緊張しました。簡単に自己紹介すると、意表を突く質問を投げかけられました。「ところで、東京に窓ガラスは全部で何枚ありますか?」
一瞬ひるみましたが、その唐突さが面白いと感じました。都内の人口、世帯数、商業施設やマンションの棟数など、頭の中にある知る限りのデータを引き出し、組み合わせて答えを導きます。根拠を求めるベゾスさんに説明すると納得。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいました。
海外から輸入した洋書を日本でネット販売するだけでは販売額が小さく、まるで商売になりません。米国のアマゾンで成功した書籍の値引き販売は、日本では再販制度があって実現できない。そもそも、書籍取次大手に取引を持ちかけてもけんもほろろ。全く相手にしてくれません。
渋谷の同じビルには電子商取引(EC)の新興企業も数社ありましたが、次々に撤退していきます。「すごく難しい」と頭を抱え、どうしたら突破できるかオフィスでチームと悩みました。
そんなとき、関西の中堅取次が唯一、手をさしのべてくれました。社長さんが中小出版社を説得してくれて、ネットへの商品供給が増えてきました。
出版大手のベストセラーはないが、一般の書店では手に入らない和書が購入できる――。利用者の間ではそんな評価が高まってきました。
コメントをお書きください