· 

細田守監督「メタバース、誰にとっても身近な場所に」

2023年は企業などが仮想空間「メタバース」を一段と利用する年になると予想できる。映画監督の細田守氏は21年公開のアニメ「竜とそばかすの姫」などで仮想世界の可能性を描いてきた。現実が細田監督の発想に追いつこうとしている状態だ。この変革期を細田氏は、どう見ているのか。いまインターネットが抱える課題やメタバースの今後の可能性などを聞いた。

 

――現在のインターネット社会をどう捉えていますか。

「今のネットは社会に対してポジティブな影響を与えられているとは感じない。SNSの檻の中で不自由で閉塞した社会の中で生きることを強いられている。米フェイスブック(現メタ)のアルゴリズムが米国の大統領選に影響を与えたことが判明したように、中立性が保たれているとは言えない現実がある」

「若者の間では『異世界転生』のアニメが人気だ。お約束のようにトラックにひかれて異世界に飛ぶ。『転生しないとやってられないよ』という一種の叫びだ。もう一度、違う人生を送りたいと開き直るくらい、若者は現実世界に絶望しているように感じる」

「2000年問題」でネットに興味

――「竜とそばかすの姫」や「サマーウォーズ」など、様々な作品でインターネットが題材になっています。

「最初にインターネットに興味を持つきっかけは『2000年問題』だった。コンピューターの誤作動で官公庁が機能不全に陥るとか、データが全て消えてしまうとか、大変なことになると世の中が騒いでいた。積み上げてきた常識が根底から覆って、生きているルールが変わるかもしれない。実際には何も起こらなかったが、ネットが現実世界に影響を与える可能性にワクワクしたのを覚えている」

「『竜とそばかすの姫』で仮想世界を描いたのは、ネットが単なる道具から1つの世界になったと感じるからだ。ネット世界は現実に住んでいる世界そのものになった。メタバースがこれから発展していけば、世界の認識の仕方が明らかに変わる。複数の世界が存在するようになったら問題解決の仕方はどう変わるのか、個人の幸せはどう変化するのかに興味がある」

アニメ「竜とそばかすの姫」の仮想空間「U」©スタジオ地図

――「竜とそばかすの姫」では近未来的な仮想空間と対照的に、現実は現代と同じような世界観で描きました。

「テクノロジーが進化しても解決すべき問題は変わらないからだ。自信のない少年少女が、どうしたら一人の人間として自分の足で立てるようになるか。トラウマを乗り越えて笑えるようになるか。普遍的な問題との向き合い方がテクノロジーの進化で変わるはずだ。『サマーウォーズ』で仮想世界の問題を旧家の親戚が解決したように、仮想と現実が相互作用することで、社会にポジティブな変化を与えられるかもしれない」

「メタバースは現実のあるべき姿を見せる『現実の鏡』のような存在で、現実と仮想の両方でワンセットだ。だからこそ普遍的な問題との向き合い方が、メタバースが実現した世界ではどう変わるのか。それを描きたかった」

デジタルな世界には夢が必要

――メタバースの普及に必要なことは何ですか。

「デジタルな世界には本来、夢が必要だ。テクノロジーの世界は映画やアニメなど文化よりも『文脈』をひっくり返しやすい。若者は上の世代の作ったルールに縛られず、独自のルールを作りたいと考える。不自由さは自由を求める動機になる。そうやって若者はトラブルさえポジティブに捉えることができる」

「そのためにも公共性を意識して構築されるべきだ。企業や国家が利益を得るためにあるべきではない。覇権争いが続けば公共性を欠く対極な場所になってしまう。メタバースも企業が既得権益を争う場にすべきではないだろう」

イヤホン型のデバイスで主人公は仮想空間「U」へ入る©スタジオ地図

「メタバースは誰にも身近な存在であってほしい。デバイスは気軽なものでないといけない。今のVRデバイスのように頭を覆う形状だと前髪を気にする女の子は着けたがらないだろう。スマートフォンが『すごいコンピューターを持っている』と感じさせないように、おしゃれで簡単なものであるべきだ」

既存ネット空間の課題の「再生産」に懸念

「竜とそばかすの姫」の仮想世界「U」には世界中の老若男女が個性豊かなアバターの姿で集まっている。イヤホン型のデバイスを身につけた瞬間、現実と異なるもう一人の自分になることができる。主人公は仮想世界での経験をもとに、抱えるトラウマや現実社会の問題と向き合う。

米調査会社ガートナーは、26年には4人に1人が仕事や学習、交流などのため少なくとも1日1時間をメタバースで過ごすようになると予測している。すでにゲーム「フォートナイト」の仮想空間には3億5千万人が集まり、現実と同じように友人と交流してイベントを楽しんでいる。

「不自由さがあるからこそ、若者のクリエイティビティーに期待している」と細田監督は語った。PwCコンサルティングが日本企業を対象に22年3月に実施した調査では、約1000社のうち2割近い企業がメタバースの関連事業を「1年以内に実行する予定」と回答した。23年中には200近い関連サービスが生まれる可能性がある。

メタバースへの期待は大きいが、映画の世界を実現するには、まだ距離がある。仮想空間内でのいじめや嫌がらせ、個人情報の保護といった問題も浮上しており、既存のネット空間が抱える課題を「再生産」してしまうような懸念もある。現実の境遇に不自由を感じる人や、新しい活躍の場を求める人の期待に応えるものにする必要がある。

(藤生貴子)