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「新しい資本」が問う投資の知見 上級論説委員 小平龍四郎

しかし「新しい資本」の議論は、2023年から世界的に本格化する。日本の企業と金融関係者も積極的に関わり、専門性を磨く必要がある。

22年12月中旬の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)にあわせ、世界の投資家が注目する発表があった。ESG(環境・社会・企業統治)投資のための情報開示基準をつくる国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、「気候変動」の次の重要テーマとして「生物多様性」や「人的資本」「人権」などを挙げたことだ。

21年に発足したISSBはESG情報開示の混乱を解消するため、まず「気候変動」について統一基準を急ピッチでつくってきた。COP15と歩調を合わせたことを考えれば、次なる具体的な分野として示された複数の候補の中では、「生物多様性」が最重要とみる向きが多い。

22年11月の第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)でも「生物多様性」が議論されたように、脱炭素を中心とする気候変動問題と、生物多様性の保全を目指す環境問題は、議論が重なるようになった。

絶滅危惧種の保護や陸・海の保全が、大気中の脱炭素に資するという考え方だ。生物や陸海空は経済活動の礎でもあることから、最近はそれらを包括して「自然資本」と呼ぶようになった。

資本市場では企業に脱炭素を働きかける投資家団体「クライメート・アクション100プラス」にならい、自然保護を訴える「ネーチャー・アクション100」がこのほど発足した。運用総額68兆ドル(約9000兆円)に達する「クライメート」のメンバーの多くは「ネーチャー」にも参加する可能性が大きい。米国内総生産(GDP)の約3倍に相当する巨額マネーが、企業に「自然資本」の有効利用を迫る時代だ。

例えばオランダの資産運用会社ロベコは22年10月、天然資源や生態系に配慮する企業に重点投資する「生物多様性株式投資戦略」を始めた。自然資本を「現代における最大級の投資機会」(同戦略シニア・ポートフォリオ・マネジャーのデービッド・トーマス氏)と位置づける。

日本企業も動き始めた。自然資本に関する国際開示基準をいち早く使ったキリンホールディングスへの市場の評価は高い。積水ハウスは琉球大学と検証の結果、住宅の庭に在来種の樹を植える「5本の樹」プロジェクトが、都市の生物多様性の回復に効果があることを示した。

自然を経済活動に必要な資本とする考え方そのものは、決して新しいものではない。米欧の規制当局や資産運用会社などが10年につくった国際統合報告評議会(IIRC)は、企業の価値創造にはマネーだけでなく、環境や人、地域社会など広範な「資本」を有効に使うことが欠かせないと主張してきた。

この拡張的な「資本」の概念がESG投資を拡大させる土台ともなった。その中のひとつが「自然資本」だ。会計士の影響力が強いISSBは組織再編でIIRCの研究成果を引き継いだ。23年からは損益計算書や貸借対照表に「自然」をどう位置づけるかといった議論が、本格化するかもしれない。株価への影響が大きい自己資本利益率(ROE)のE(資本)にも関わってくる話だ。

そうなると、資本市場の有力参加者の顔ぶれも少し変わってくるだろう。例えば、世界自然保護基金(WWF)の人材は今、生物多様性の専門性を深めたい資産運用会社の間で人気が高まっている。

三菱UFJ信託銀行傘下でオーストラリア本拠の運用会社ファースト・センティア・インベスターズは22年、WWFインターナショナルで金融の経験を積んだジョアンヌ・リー氏を責任投資グループの一員に迎えた。

ESGに限らず、専門性不足は日本の資産運用会社にとって積年の課題でもある。「新しい資本」は投資の担い手の知見の深さを厳しく問うことになる。