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「人質」に取られぬ柔軟な経営 企業人の覚悟、世界結ぶ

エヌビディアのジェンスン・ファンCEOは対中半導体の輸出規制に違反しない代替製品で急場をしのぐ

わずか1カ月余りの早業だった。米半導体大手エヌビディアに米政府から通知が届いたのは2022年8月末。中国の軍事発展を阻むため、高性能半導体の輸出を規制する知らせだった。

売り上げの26%を占める中国向け取引を止めれば痛手は大きい。「輸出許可のいらない製品なら提供できる」。ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)の指示で規制を調べ上げ、計算性能を落とした代替品を10月までに完成させた。

国家が分断に走り、規制で企業を縛る。せめぎ合いは冷戦期もあった。1987年、対共産圏輸出統制委員会(ココム)規制違反で当時の東芝機械は批判を浴びた。

フェアネス(公正さ)に基づくしたたかさが企業に問われる時代。国家と渡り合うには機敏な判断と実行力が必要になってくる。さもなければ、事業基盤を依存する国のいいなりに陥り、フェアネスを貫けない。

特定の国の「人質」に取られない経営をどう築くか。典型がサプライチェーン(供給網)の管理だ。800垓(がい、1垓は1兆の1億倍)もの部品を扱うミスミグループ本社では、顧客が特注品の図面を登録するとデータが工場に送られ、部品の加工が始まる。

ミスミグループ本社は800垓もの部品を短納期で出荷できるサプライチェーンを構築した

世界22工場の稼働状況は常に把握され、自在に役割を変えられるのがミスミの強み。何かの事情である工場の操業に支障が出れば、他の工場がすぐ取って代わる。まるでレゴブロックだ。

企業にとっての「レゴブロック」は工場や製品規格に限らない。社員の配置や組織立て、資金調達……。柔軟に組み替えられれば、特定の国の「人質」にならない。

「人質」に取られない経営を構築することで、企業は国家の暴走に対する抑止力を確保できる。世界を安定に導く役割を企業も担うのが新しい世界のイメージだ。

前提になるのはフェアネスを追求する経営者の意志。その覚悟が世界をつなぐことになる。

衣料品店「ユニクロ」を世界26カ国・地域で展開するファーストリテイリング。柳井正会長兼社長は悩んだ末に一つの答えにたどりついた。「内向きな今こそ『世界大移動』の時だ」。世界大移動とは、ヒトとモノの太い交流を言い表す。

ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は「内向きな今こそ『世界大移動』の時だ」と話す 

中国・新疆ウイグル自治区の強制労働問題で火の粉をかぶったのは2年前。ユニクロ製品と強制労働が無関係との証明が不十分とされ、米国でシャツ輸入が差し止められる憂き目に遭った。

分断を超えた「世界大移動」の実現へまず供給網をガラス張りにする。約100人のチームを作り、各地の工場や原材料を確かめて歩く。「取引先情報は競争力の源泉」とブラックボックスにする発想から転換し、フェアネスを重んじる。

フランスの調査会社が企業のESG(環境・社会・企業統治)活動を100点満点で評価したところ、先進的とされる欧州諸国ですら50点台、日本は47点だ。やれることはまだまだある。

冷戦終結後、企業はコストと効率を優先し、クモの巣のような供給網を張り巡らせた。フェアネス重視にカジを切れば、一時のコストは増すだろう。それでも、やらないリスクはもっと大きい。最適解を探す経営者の知恵比べが始まった。