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「攘夷」では豊かになれず 迷走5年、英国からの警告 Next World 分断の先に 3

イングランド南東部の漁村ヘイスティングス。漁業組合会長のポール・ジョイさんが船を売り、50年の漁師生活に幕を閉じたのは2021年のこと。「ブレグジット(英国のEU離脱)でなにか良くなったのか。結局は政府の裏切りだったんだ」とまくし立てる。

EU離脱派のゴーブ環境相が漁村を訪れ「主権を取り戻す」と訴えたのは5年前。EUの厳しい規制に不満を募らせていた漁師たちは期待を膨らませた。ところが、業務手続きは離脱後にむしろ煩雑になったから「裏切りだ」と映る。

国内総生産(GDP)の1%に満たない漁業のために、英経済を犠牲にする――。EU嫌いの漁師たちを喜ばせようとした20年のEU離脱を反対派は非難した。それから3年近くたち、漁師たちまで憤怒する光景はまるで笑えない喜劇だ。

外国を遠のける「攘夷(じょうい)」の現代版とでもいうべきブレグジット。隣人に背を向けて英国は豊かになれたのか。答えはノーだ。

外国との取引で国を豊かにできているかを示す「貿易開放度(貿易額をGDPで割った値)」が離脱後に57%へ6ポイント下がったのは当然の成り行き。英国に投資しようという外国企業の意欲は衰え、対内直接投資は76%も減ってしまった。

当の英政府の試算でEU離脱は英GDPを長期的に4%落ち込ませる。株式時価総額は22年11月にフランスにほぼ追いつかれ、欧州首位の座からの陥落は間近だ。

成熟した国の大黒柱だった金融業。米ゴールドマン・サックスはロンドンのトレーダー部門の一部を23年にイタリアのミラノに移すと決めた。外国の金融大手がロンドンにひしめくさまをテニスの国際大会になぞらえ「ウィンブルドン現象」と呼んだのも今は昔だ。

EUに続いて世界のマネーに背を向けたもう一つの攘夷。トラス前政権が演じたドタバタ劇だ。財源なき大盤振る舞いを投資家に見限られ、わずか45日で退陣表明した。慢性的な経常赤字でお金の足りない国は市場の信頼なしに立ちゆかない。

残ったのは英国への不信感。国債には「愚か者リスクプレミアム」と呼ばれる上乗せ金利が乗り、ドイツやフランスと比べて金利上昇(国債価格の下落)が目立つ。フェアネス(公正さ)に疑いをもたれた代償だ。

英国はグローバリゼーションの旗手だった。農家を守る穀物法を1846年に廃止。国際分業の効用を説くリカードの「比較優位」理論を礎に内向き思考を捨てた。

英国の変心は例外と言えない。22年秋、パリのモーターショー。BMWなど独企業はいずれも姿を見せなかった。隣の自動車大国が"ボイコット"した会場は前回より小さく人出もまばら。背景にあるのは露骨に自国企業を優遇するフランスへの反発だ。5年前の英国とどこか似通う空気が大陸欧州にも漂う。

「なくさないままケーキを食べたい」とEU離脱と自由貿易のいいとこ取りを狙ったジョンソン元首相だが、英経済の甘いケーキはなくなった?=ロイター

「ケーキをなくさないまま食べたい」。ブレグジット当時のジョンソン英首相はことわざを引き、EU離脱と自由貿易を両立できると強弁した。結局、いいとこ取りはかなわず、国の信頼は傷ついた。心地よい分断なんてありえない。英国の独りよがりの迷走が教えてくれる。