
日本経済新聞は1月1日、分断の試練に直面するグローバリゼーションのこれからを考える連載企画「Next World 分断の先に」を始めます。グローバル経済の覇権を巡り、米中対立は激しさを増してきました。分断の最前線に置かれているのが台湾です。危機に直面する台湾の人々や企業は今、何を考えているのでしょうか。予告編として揺れる台湾の思惑を探ります。記者はまず台湾企業の脱中国に向けたサプライチェーン(供給網)再構築の中核になりつつあるベトナムに向かいました。
新たなシーレーン構築に動く台湾
ベトナムの首都ハノイから東へ車で2時間ほど進むと、大型クレーンやコンテナ船、ずらりと山積みになったコンテナが目に入ってきた。中国との国境に近い港湾都市、ハイフォンだ。
ハイフォンには18のコンテナターミナルがある。そのうち、日本企業も出資するラックフェン国際港からはベトナム北部で台湾や韓国、中国企業が生産する電子機器などが輸出される。

記者はこの港湾で存在感を増している台湾企業の存在を知った。海運大手の萬海航運(ワン・ハイ・ラインズ)だ。ラックフェン港でコンテナターミナルを運営するハイフォン・インターナショナル・コンテナターミナルの栗田明社長によると、ワン・ハイは2016年に日本の海運大手が撤退した後に出資し、この運営会社の株式の16.5%を保有している。
12月8日。この港湾でベトナムとインドを結ぶ新しい輸送サービスが始まった。ベトナム北部で製造された電子機器などをインドに輸出し、インドから機械や穀物を輸入する。
ワン・ハイはこうした輸送サービスを決める港湾の運営に関わっているだけでなく、2022年に自社でも中国とベトナム、インドを結ぶ航路を増やしていることがわかった。台湾は輸出の3割、輸入の2割を中国が占める。「今後、台湾海峡で起こりうる有事を見据えれば、台湾が東南アジアや南アジアのルート構築に動いていくのは自然な流れだ」。輸送路に詳しい台湾の関係者はこう話してくれた。
ゼロチャイナ供給網、東南アジアが舞台
広域経済圏構想「一帯一路」を掲げて世界各地で港湾の出資・買収を進めている中国に対し、台湾もグローバル経済で生き残りをかけたシーレーンの構築に動いている。新たなシーレーンの点と点を結ぶと、東南アジアや南アジアで中国に依存しない「ゼロチャイナ供給網」の線を引き始めようとしていることが浮かび上がる。
供給網再構築のカギを握る存在は、ラックフェン港の近くにあった。港から北西に車で1時間ほどの距離に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の広大な工場がある。米アップルの製品を生産する世界最大の電子機器の受託製造サービス(EMS)会社だ。

鴻海は主力の中国以外に生産を分散させるため、ベトナムに400億円超を投じて3万人を雇用する計画がある。「23年の春になれば新しい工場棟もできるはずだよ」。周辺に詳しい地元の関係者が教えてくれた。鴻海はインドでも大型工場を建設する計画がある。
ベトナム移住した台湾人の自負
鴻海に代表される台湾企業は1990年代から世界に先駆けて中国に進出した。アップルの「iPhone」などデジタル機器を中国で受託製造して輸出するモデルを築き、「世界の工場」としての中国の地位向上に貢献した。中国に渡った台湾商人(台商)は70万~100万人いるといわれる。

そんな台湾企業が雪崩を打ったように脱中国に動いている。台湾企業の投資額は2021年に初めて東南アジアと中国が並んだ。企業が投資を増やすなか、台湾の人も東南アジアに移住し始めている。記者は7月にベトナムに移住し、電子機器メーカーで働き始めた台湾人のジェシーさん(48)に話を聞いてみた。
ジェシーさんは「中国が嫌で逃げたのでも、戦争を恐れて逃げたわけでもない」と主張した。台湾と中国で20年以上働いたことがあり、両国の関係は最もよく分かっている。「中国との緊密な関係は変わらない。同じ言語を使い、物事も文化も理解し合っている。9割以上の考えは同じだ」
移住のきっかけは、米中貿易戦争だという。中国企業は米国からの制裁を避けるため、東南アジアに生産地を移転し、中国に生産拠点を置く台湾企業の多くも影響を受けた。米中対立が続く限り、稼ぎが減ってしまう。脱中国の受け皿として商機があるベトナムを選ぶのは自然な選択だった。
分断の世界を生き抜く台湾のたくましさ
第2次世界大戦後の国共内戦、台湾にもともと住む「本省人」と国民党と共に中国大陸から移り住んだ「外省人」との間の根深い対立、1972年のニクソン米大統領の中国急接近後に起きた国際社会からの台湾追放の動き。台湾は様々な分断に直面しながらも発展を遂げてきた歴史がある。ジェシーさんの言動に分断の世界を生き抜いてきた台湾の人々のたくましさを垣間見た。

11月26日。4年に1度の統一地方選挙が行われている台湾に入った。台北市内の投票所は午前8時から投票に訪れる多くの市民であふれていた。投票所近くで会った金登龍さん(52)にも起こりうる戦争を恐れて台湾を出る考えがないかを聞いた。「台湾の人は海外の方が2倍稼げると思ったら移住する。海外に行くのは、個人の理想や経済的な事情が左右する」と答えた。
分断の歴史に翻弄されてきた人々。戦争が起こる起こらないにかかわらず、自分たちで稼げる機会を見つけて経済圏をつくろうと動いている。対立の歴史に鍛えられてきた自立心こそが、この島を支えていた。
(川上梓)
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