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テック投資、沈んだ22年 イノベーション・エディター ジョン・ソーンヒル

ロケット事業を手がける革新的な起業家イーロン・マスク氏が13日、米ブルームバーグ通信の世界長者番付で首位の座を明け渡した。

入れ替わってトップに立ったのは、しゃれたコートやハンドバッグ、シャンパンを富裕層に売る高級ブランド最大手、仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンの堅実なフランス人経営者であるベルナール・アルノー氏だった。このニュースには象徴的な意味もあると筆者は考えている。

2022年のテーマの一つは、技術の未来に対する投資家の評価が著しく下がったことだ。高級品やエネルギー、防衛など、従来型産業が猛烈な勢いで人気産業に返り咲いた。仮想ではない、本物の現実が逆襲したとも言えよう。

22年はトレンドが激変した年でもあった。21年末、筆者は浅はかにして愚かにも、マスク氏率いる電気自動車(EV)大手テスラの株価は22年に上昇し続けると予想した。

同社株はどんな伝統的な財務指標で見ても異常なほど過大評価されていたが、テスラファンは21年末時点ではまだ、ある種の非代替性トークン(NFT)として同社株に引きつけられていた。つまり金融資産ではない未来への切符とみていたのだ。

だが、相場が唐突に、かつ激しく反転したことに驚かされたのは筆者だけではなかった。テック株の比率が高いナスダック総合株価指数は22年、32%下落した。テスラ株は66%下げている。

実際、今年最も大きな利益を上げた取引の一つは、技術の未来を標榜する企業の株を空売りすることだった。

テックの将来を楽観視することで知られる著名投資家のキャシー・ウッド氏は、テスラやビデオ会議の米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズ、暗号資産(仮想通貨)交換業大手の米コインベース・グローバルといったテック株に多額の投資をしてきた。

その同氏が運用する上場投資信託(ETF)「アーク・イノベーション」は現在、ピーク時の市場価値のわずか21%の水準で取引されている。

米調査会社S3パートナーズによると、ウッド氏率いる米アーク・インベストメント・マネジメントの傘下ファンドを今年空売りした投資家は110%のリターンを得た。ある投資家は先日、「今や(編集注、ベンチャー企業が資金調達しやすかった)狂宴の時代は終わった」とフィナンシャル・タイムズ(FT)に語った。

 

 

 

インフレ高進に続き、金利が上昇したことが株式相場の反転のきっかけとなった。最も買われすぎていたセクターとして、テック株は特に景気が後退する節目には無防備だった。

誰もが生活の大部分をオンライン上で送るようになり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)がデジタル化を一層加速させたのは事実だったかもしれない。

だが多くのテック企業と投資家は、この勢いが長期にわたり続くと見誤った。今となっては、シリコンバレーの巨大企業でさえ、コスト削減に乗り出し、人員を解雇している。

大きな疑問は、投資家が技術に期待するあまり先走って過剰に投資したのか、それとも単純に間違っていたのかだ。つまり、投資家は未来を信じて買ったのが早すぎたのか、それとも幻想を買ってしまったのか。

後者だと力強く論陣を張るのが技術史を専門とする歴史学者のジェフリー・ファンク氏で、00年のドットコムバブル崩壊と現在起きていることを対比している。

ドットコムバブルは当時立ち上がった電子商取引やデジタルメディア、企業向けソフトウエアに開発資金を供給した。そして、いずれも今に至るまで生き残っている。

対照的に、仮想空間「メタバース」や次世代インターネット「ウェブ3」、仮想通貨に投資している最新世代のテック企業にはドットコムバブルと比較できるような恩恵がみえないとファンク氏は主張する。

同氏はリー・ビンセル、パトリック・マコネル両氏と共同執筆し、季刊誌アメリカン・アフェアーズに寄せた論文で「このバブルがしぼんだとき、価値あるものはほとんど残っていない可能性がある」と指摘している。

近年勃興したフィンテックや配車サービス、料理宅配などの新興企業は、ほぼ永久に安く資本を調達できることを前提に成長してきた。金利上昇で資本調達に多少のコストがかかるようになった今、各社は赤字が続くビジネスモデルを維持できなくなりつつある。

また詐欺疑惑が渦巻くなかで仮想通貨交換業大手FTXトレーディングが破綻した後、仮想通貨への興奮の大部分も合理性を欠いていたように思える。

だが、テックの上場企業の中にはまだ、米アップル、マイクロソフト、アルファベットなど、市場占有率が高く、極めて収益力が高い企業が数社ある。

これ以外にも半導体やクラウドコンピューティング、ゲームなどの分野も大幅な成長を見込んでいる。そして今、一つのバブルがしぼむ一方で、別のバブルが膨らみつつある。

 

 

 

米研究団体オープンAIの文章生成人工知能(AI)「チャットGPT」と画像生成AI「DALL-E(ダリー)」のようなコンテンツ生成AIに魅了され、ベンチャーキャピタル(VC)投資家が生成AI企業に大量の資金をつぎ込んでいる。

シンガポールに本社を構えるVCのアントラーはすでに、この分野の新興企業を160社以上特定しており、今年だけで4社が企業価値10億ドル以上のユニコーン企業に育った。

文章やプログラムなどのコード、画像を作成する限界費用がゼロに近づくことで、大半のクリエーティブ産業の知識労働者の生産性が飛躍的に高まると理屈上は考えられる。

名門VCの米セコイア・キャピタルは最近のリポートで「生成AIは数兆ドルの経済価値を生み出す可能性を秘めている」と絶賛している。

昨年の予想を大きく外した実績を踏まえ、筆者として今年は大々的な予想は控えさせていただきたい。ただ一つ、生成AIの分野では莫大な富が生まれ、かつ失われるだろう、とだけ言っておこう。