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FIRE急がぬコツコツ個人投資家 厳選・分散で築く防波堤

「プロに近い時間を割かなくては、投資で稼ぐのは難しい」。11日午後。仙台市で個人向けの勉強会を開催したとりでみなみさん(ハンドルネーム)は20人余りの参加者に語りかけた。

億り人ではあるが、投資は資産形成の一手段にすぎないと位置づける。サラリーマンとしても生計を立てられている。20代の参加者は「片手間でリターンを上げられた昨年までが特殊だったのか」とこぼした。

悲痛な声も無理はない。2021年までの相場環境は高インフレ、金融引き締めで一変した。20年以上の投資経験をもつ九条さん(同)も「これほど経済統計を注視した年はない」と話す。20日には日銀が前触れなく長期金利の上限を0.5%に引き上げ、日経平均株価は一時800円安まで売り込まれた。

ただ、22年の荒波を乗りこなす方法はあった。

まず挙げられるのが、下げ局面でも積み立て投資を根気強く継続する手だ。定額の積み立て投資は平均購入単価を抑えられる。21年末比で20%下落(22日時点)した米S&P500種株価指数も、連動する投信を営業日ごとに一定額積み立てた場合の成績は指数を10ポイント以上も上回った。長期投資の定石は、歴史的な相場変動が続いた22年にあっても有効だった。

ネット証券の口座開設、年300万に

ネット証券5社の22年の口座開設数は300万、「新型コロナウイルス後」の3年累計では900万に達する。投信の資金流入上位も指数に連動するパッシブ型が名を連ねた。積み立て投資の設定額も右肩上がりだ。楽天証券経済研究所の篠田尚子氏は「陳腐化のスピードが速いテーマやブームもある。特に若年層は理解しつつある」と話す。

ポストさん(同)はつみたてNISA(少額投資非課税制度)を満額で活用し、複数の投信を買い付けている。個別株では原材料高や円安の影響を受けたバルミューダで含み損を抱えるが「積み立て投資がある程度は補った」と話す。

20年超の投資経験をもつブルーガードさん(同)も運用は投信への積み立て投資だ。かつては個別株も手掛けたが、リーマン・ショックを経験し「相場の流れを見極め長期で勝てる投資家はごく一部」と痛感した。

荒波を乗りこなす2つ目の方法は個別株の徹底した分析だ。緩和マネーは期待できないどころか、一段と引いていく。米国が来年前半にも利上げを停止すれば、円安の推進力はさらに失われる。それでもリターンを上げるには開示情報の熟読はもちろん、投資額やリスク管理まで細やかな対応が求められる。

著名投資家も荒れる市場に懸命に立ち向かった。竹内弘樹さんはポートフォリオのコア部分では損失を出したが、「必ずしも残念な一年ではなかった」と振り返る。グロース市場全体が売り込まれるなか、割安になったクリアルを拾い、リターンにつながったという。

株式以外の資産に目を向ける個人も多い。九条さんは金利上昇を受け、米国債に資金を振り向ける。「不透明要因が多いなか、株式で無理にリスクを取らなくてもよい」との判断だ。

FIRE、相次ぐ「卒業」

米国株ブームとともに巻き起こったFIRE(経済的自立と早期リタイア)にも影が忍び寄る。株安はもちろん、インフレが保有資産を直撃する。給与などキャッシュフローが乏しければ、株安というバーゲンセールにも手を出せない。

21年に米国株でFIREを実現した個人投資家・うりとさん(同)も保有資産が大きく減少した。「保有資産5000万~6000万円のFIREは無謀だ」と話す。米株指数にレバレッジをかけた投信でFIREを急いだあまり、荒れる海に飲み込まれてしまった波乗りも少なくない。

22年の荒波は、積み立てという「防波堤」で身を守ることができた。23年は世界各国で景気減速、後退が予測されている。資産形成のあり方を見直す必要も出てきそうだ。

さらに守りを固めるか。荒れる海に乗り出すなら、どの技術を駆使するか。投資の練熟度が問われた22年の戦いぶりを振り返りながら、次の波を読もう。

ギリギリFIRE、弱点露呈 インフレにもろさ・下落時の買い原資なく

2022年はFIRE(経済的自立と早期リタイア)を目指した個人が厳しい現実に直面した年でもあった。21年までの上昇相場が終わり、生活苦から「卒業」と称して再び働き始めたり、FIREを断念したりする事例が増えている。インフレの波が日本にも及ぶなか、FIREのハードルは上がっている。

「生徒からFIREという言葉を聞かなくなった」。投資スクールを運営する泉正人氏は22年をこう振り返る。21年までは入校の動機にFIREを掲げる個人が少なくなかったという。しかし波乱相場でFIREを諦める人が増えた。「うち7~8割が、投資で簡単に利益を上げて退職できるという甘い見通しをもっていた」と推測する。

ツイッターなどのSNS(交流サイト)では、「FIRE卒業」を宣言する個人投資家が目立つようになった。ファイナンシャルプランナー(FP)の山崎俊輔氏は、「十分な資産がないのに退職に踏み切り、運用リスクを取り過ぎて失敗した人が多かったのでは」とみる。

ここで考えたいのが、FIREのセオリーとして知られる「4%ルール」が妥当かどうかだ。年間支出額の25倍の資産を用意し、米株投信などで年率4%で運用できれば、生活費を取り崩していっても資産が減らないというものだ。生活費が年300万円なら、7500万円あればFIREできる計算だ。
この皮算用にはいくつか問題がある。まず、年4%の運用成績はなかなか維持できない。22年の場合、22日時点で米S&P500種株価指数は昨年末比で20%下落している。20~21年のような高パフォーマンスは、新型コロナウイルスを契機とした異常ともいえる金融緩和のたまものだった。

相場下落時に資産の取り崩しを余儀なくされた場合、目減り分を取り戻すには一段と高い運用成績が必要になる。また、下落した資産の底値を機械的に拾うのが長期投資の「勝ち筋」の一つだが、給与などの安定したキャッシュフローや余資がなければ、追加投資もままならない。

インフレも難敵だ。年間の生活費が300万円の人が、7500万円の資産をつくってFIREしたとする。インフレがない環境下ならば、退職から30年後も総資産は6800万円ほど残る。ところが、11月の消費者物価指数(CPI)伸び率に近い4%のインフレが続いたと仮定すると、25年目には資産が底をついてしまう。金融緩和による資産価格の膨張と、インフレは背中合わせの関係にある。その兆候は21年からあった。
21年秋にFIREした個人投資家のうりとさん(ハンドルネーム)は、「インフレが進む現状では、最低でも2億円が必要だと投資仲間と話している」という。金融緩和のなかで株価が上がり続けるという幻想は消えた。ギリギリの資金でFIREに踏み出した人たちの失敗は、キャッシュフローの重要性という教訓を改めて残した。