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オリックスのDHC買収で読み解く多角化戦略 ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

買収総額は3000億円程度に上るとみられています。この動きをグロービス経営大学院の嶋田毅教授が「アドバンテージ・マトリクス」の観点から検討します。

事業経済性は効くのか?

企業が買収を行う理由としてよく挙げられるのは事業の経済性の観点からのメリット、特に規模効果の強化あるいはシナジー(相乗効果)の実現です。事業買収によって規模の経済性がさらによく効くようになるというのが前者、経営資源や顧客接点などを共有することによって、それぞれが単独でビジネスを行うよりも有利になるというのが後者です。

前者の例として日本ではかつて10以上あった大手銀行が吸収・合併を経て3つのメガバンクを中心に再編された一連の出来事や高炉メーカーの合併が挙げられます。ビール会社による製薬会社や健康食品メーカーの買収(バイオ技術の共有)、米国におけるウォルト・ディズニーによるピクサー・アニメーション・スタジオやメディア大手21世紀フォックスの買収(販路やノウハウの共有)などは後者といえるでしょう。

今回のオリックスのDHC買収についてニュースキュレーションサイトなどには、すでに幅広く事業展開するオリックスがDHCの顧客データを得るメリットやシナジーはあまりないのではないかといった意見が寄せられています。

オリックスはもちろん化粧品通販や健康食品の企業ではありません。リース事業を主力とするオリックスにとってやや畑違いの買収、すなわち規模の経済性や、既存の資源を他の事業と共有することでコストメリットの獲得を目指す「範囲の経済性」が効きにくいように映るのは仕方ない面もあるでしょう。ではなぜオリックスはDHCを事業承継目的のM&A(合併・買収)では過去最大規模という高額で買おうとしているのでしょうか?

アドバンテージ・マトリクス

それについて議論する前に、事業特性や業界分析において有効なアドバンテージ・マトリクスのフレームワークをご紹介しましょう。これは、横軸に持続的な優位性構築の可能性が高いか否か、縦軸に競争上の戦略的変数、すなわち競合他社との違いを打ち出す差別化の手段の多寡を取り、事業を4つのタイプに分けるものです。筆者も事業の特性を考えるときに、まず当てはめてみるフレームワークです。

マトリクスの下2つに分類される、戦略的変数が少ない事業は手詰まり型事業もしくは規模型事業と呼ばれます。手詰まり型事業の典型はセメント業界などで、差別化の要素もあまりなければ、業界に残ったプレーヤーのコスト構造もあまり変わりません。差別化も規模化も難しい事業です。規模型事業は、事業規模に裏付けられた低コストがほぼ唯一の競争要因、かつ重要な競争要因となる事業です。韓国サムスン電子を筆頭に3社寡占の半導体メモリー「DRAM」などが該当します。これら2つのタイプは、戦略的な工夫がしにくい事業です。

それに対してマトリクスの上2つは差別化要素が多く、考えどころの多いビジネスです。分散型事業とは、その中でも規模化が重要な要素にならない事業です。たとえば月決めの駐車場は車を持っている人の住宅や勤務先のそばにある必要があるため、立地を集約することはできません。製造業のように工場や中央研究所を集約して規模の経済性を効かすといったことができないのです。地場密着型の不動産業や1人からでも事業を始められる飲食店などが典型的な分散型事業で、やり方次第で大きくもうかることもあれば、全くもうからないこともあります。

特化型事業は、差別化の要素も多く、ある程度規模化による持続的な競争優位性の構築も可能な事業です。たとえば腕時計という事業は様々な差別化要素があります。スマートウオッチのセグメントでは、米アップルがスマートフォン「iPhone」との連携や多彩な機能の提供で首位を維持し、優位に戦っています。機械式高級腕時計のセグメントでは、ロレックスがブランド力や資産性の高さ、壊れにくさ、販路の広さなどを武器に大きなシェアを獲得しています。両社は、全く別の差別化をしながら、規模化によるメリット(広告費を分散できるなど)も享受しています。

分散型事業と特化型事業の代表的な注意点を1つ紹介しましょう。それは、両方にまたがる事業がしばしばあるということです。たとえば飲食店や不動産事業は、地場密着で個人でもできる半面、大企業も存在します。規模化は絶対的な成功要件ではないものの、それが奏功する場面もあるのです。およそ50年前にすかいらーくがファミリーレストランという業態を開発し、分散型事業だったレストランに規模の経済性を持ち込み、特化型事業に変えて一時期優位性を築いた、といったことが可能なのです。4つの象限で考えることは有効ではありますが、その位置は流動的であることには注意しましょう

オリックスの多角化

オリックスはもともとBtoB(企業向け)のリース会社でした。その後事業拡大を続け、今では多数の事業を持つに至っています。リース業界の需要が近年低迷から横ばいを続ける中(経済産業省によると、2021年の業界全体のリース契約高は、2006年のおよそ半分の3兆2500億円強)、成長のために多角化を推進したのはある意味当然ともいえます。

同社の2022年3月期の財務データ・セグメント情報を見ると、海外事業を除けば、「法人営業・メンテナンスリース」に続く利益を生み出しているのは「保険」「銀行・クレジット」「不動産」「環境エネルギー」となります。 

利益変動の大きい不動産は、年によっては法人営業・メンテナンスリースの利益を超えたこともあります。また22年3月期こそ赤字だったものの、「事業投資・コンセッション(公営施設の運営権を民間に一定期間売却する案件の受託事業)」も多額の利益を計上した年があります。

これらの多角化事業に共通するのは、いずれも特化型事業であるという点です(ただし、一部の不動産などはおそらく分散型事業)。つまり、何かしらの差別化要因を見いだし、ユニークな地位を築くというのがオリックスの多角化の方向性だったわけです。もちろん、ある程度のシナジーも意識はしているでしょうが、たとえばサントリーグループのウイスキー、ビール、清涼飲料、健康食品といった分かりやすいシナジーではありません。多少シナジーは弱かろうが、各事業で知恵を絞る(絞らせる)ことで利益を上げるというやり方を取ってきたのです。

それゆえ「中堅企業の集合体」などといわれることもありますが、逆に言えばこのVUCA(ブーカ=変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代における環境変化に強いということでもあります。

社内には、祖業であるリースを別にすると、シェアトップの事業がないことに対する不安もあるようですが、1つの成長の方法論としては理にかなっていたともいえるわけです。むしろ、なまじシナジーを意識しすぎるがあまり、ユニークなポジションを築けず失敗に終わることも多かった他企業の新規事業に対するアンチテーゼ的なやり方ともいえるでしょう。

DHC買収の狙い

DHCは、現在も会長兼社長を務める吉田嘉明氏が1972年に大学翻訳センターとして起こした会社です(株式会社化は75年)。83年に化粧品の通信販売を開始し、現在では、化粧品やサプリメントの他に、アパレルなどの製造販売やホテル事業なども営んでいます。祖業の翻訳や出版事業なども引き続き手掛けています。

これらの事業の特徴は、これも特化型あるいは分散型事業である点です。圧倒的な市場シェアをとらなくても、ユニークな差別化でポジションを築くことができれば、そこまでシナジーが効かなくてももうかるということです。シナジーが効きにくい事業を持っている点も注目されます。その意味で、オリックスの多角化事業との共通点が「大」といえるでしょう。

オリックスも、内部から出てくる企画だけで成長を図っていてはスピードが出ません。今回のようなM&Aですでにポジションを築いている事業を手に入れ、「時間を買う」という方法は今後増える可能性がありそうです。

懸念材料として、DHCは良くも悪くもカリスマ経営者である吉田氏の先見性やセンスによってきた部分が大きいため、事業承継後、DHCのビジネスを適切にマネジメントし、成長させられるかという点があります。それが「やり方次第ではもうかる」という特化型事業の難しさでもあります。比較的長期に事業ポートフォリオの一角に加えるにせよ、投資と割り切って短期間でのエグジット(出口戦略)を狙うにせよ、この課題は簡単に乗り越えられるものではないかもしれません。

また、いくらシナジー重視ではないとはいえ、グループ内に多種多様な事業が増えすぎるとそのマネジメントはやはり難しくなりますし、ガバナンス(統治)も効かせにくくなります。組織としての一体感も薄れます。オリックスがどこまで事業ドメイン(領域)を広げるのか、そしてそれをマネジメントするための組織構造やガバナンス体制、求心力を高めるためのパーパス(会社の存在意義)などをどう構築、浸透させていくのかが注目されます。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。1988年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「アドバンテージ・マトリクス」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/d882381a(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)