「満額回答以上だ」。金融庁幹部は税制改正大綱で認められた少額投資非課税制度(NISA)の抜本改革案に半ば驚きの表情をみせた。抜本改革されるNISAは、同時に実施される個人への投資アドバイス体制の抜本改革と併せて、日本の「投資の風景」を大きく変える潜在力を持っている。
「生涯投資枠」の考え方、議論を大きく前進
2024年からつみたてNISAと一般NISAは一体化されていわば「総合NISA」となり、新規投資期間と非課税期間の「2つの恒久化」が実現する(図A)。毎年の投資枠もつみたてNISAは現行の3倍の120万円、一般NISAを引き継ぐ「成長投資枠」は同2倍の240万円となった。

ただし生涯を通じて1800万円という残高の枠も設定された。無制限にすると「金持ち優遇」という批判が起き政治的に困難なうえ、税収減を嫌う財務当局が反対するからだ。
「生涯投資枠の設定で恒久化の意義が損なわれた」との不満も様々な方面から聞かれるが、むしろ逆だろう。今回改正で最も重要だったのは、利用者が安心して投資に取り組むために不可欠な2つの恒久化だった。生涯投資枠という「制限」を前提にしたからこそ、政治や財務当局が恒久化を認めたといえる。
生涯枠の1800万円が十分かは議論が分かれる。ただ1800万円は運用益は含まず、元本ベースだ。賢く投資すればかなりの老後資金を作ることは可能だ。
総合NISAでは多様な使い方が可能になる。例えばつみたてNISAだけで1800万円全額を使うこともできる。20歳から月3万円積み立て投資すれば元本が1800万円に達する70歳まで50年の積み立てが可能だ。
年4%の利回りなら70歳時点で約5730万円の資産が期待できる。4%はゼロ金利に慣れた日本では過大にも見えるが、1990年1月から22年11月まで全世界株指数(MSCI ACWI、円ベース、配当込み)の平均リターンは年7%。世界株を対象にした投資信託なら、実は保守的な前提だ。
成長投資枠で出遅れを挽回
一方、中高年で余裕資金が預貯金で眠っている場合などは、成長投資枠を使うことで急速なキャッチアップが可能になる。
図Bのように50歳から70歳までつみたてNISA月5万円ずつ(投資元本1200万円)と、成長投資枠で200万円ずつ3年間で元本600万円を使った場合、やはり年4%運用で約3100万円の資産が見込める。

総合NISAでは途中で売却した場合、翌年には生涯投資枠が復活する。例えば住宅資金などで1000万円売却した場合、その投資元本に応じた枠が翌年に復活、いずれ余裕資金ができたときは再び投資できるという安心感もある。
生涯投資枠は1人分。急増している共働き夫婦がともにNISAに取り組めば、世帯の資産所得はさらに大きくなる。「使うか使わないか」で世帯の資産所得に大きな格差が生まれるだろう。
金融庁幹部は「かなり強力になった。ウルトラNISA、ハイパーNISAとでも呼んでほしいほどだ」と笑顔を見せる。ネットでは投資信託ブロガーなどが盛んに「ブラボー」と書き込んでいる。
一方で成長投資枠については様々な見方がある。安定的な資産運用を広げるには、長期の資産運用に適した低コスト投信など金融庁が選んだ二百数十本に限定しているつみたてNISAに一本化すべきだったとの声も多い。
しかしすでに21年末で残高が10兆円を超える一般NISAをなくすわけにはいかなかった。また個別株への投資が可能な一般NISAには、資本市場への資金供給という大義名分もあった。
金融機関の過度な営業活動が課題
逆につみたてNISAだけでは年間360万円という投資枠が確保できたか疑問だ。一般NISAを引き継ぐ成長投資枠との"合わせ技"で年間枠を大きくできたとも言える。
懸念は対象商品が幅広い成長投資枠が、金融機関の手数料稼ぎに使われないかどうかだ。このため一般NISAでは株式投信であればほぼ全て認められていたのに対し成長投資枠では①信託期間20年未満②毎月分配型③高レバレッジ型――を除外する。
①の理由は何か。金融機関の手数料稼ぎに使われやすいのがいわゆるテーマ型投信。旬の話題の業種などを特定テーマとするために販売しやすく、手数料も高く設定しやすい。しかし関心が薄れると価格は急落しがちで長期の資産形成には不向きだ。
こうした投信は一般に信託期間が短い。成長投資枠で信託期間20年以上だけを認めることで、テーマ型投信での金融機関の荒稼ぎを防ぐ狙いがある。
3条件で絞り込まれる結果として、運用担当者が市場平均を上回ることを目指す代わりに手数料が高いアクティブ(積極運用)型投信のうち、成長投資枠の対象は3分の1程度になるだろう(図C)。

指数に連動するインデックス型にもこの3条件は適用され、成長投資枠での対象投信は全株式投信の半分以下になりそうだ。
総合NISAのもう一つの懸念は、途中で売却した場合に枠が復活するという仕組みを利用して回転売買に使われないか。枠が復活するのは翌年とすることで、過度の回転売買を封じる策は盛り込まれている。
それでも成長投資枠は金額が大きいだけに、金融機関による高手数料投信への誘導や頻繁な売買への過度な勧誘が起きる懸念は消えない。金融庁は新たに監督指針を作成、金融機関の総合NISAへの取り組み状況を注視する。
顧客本位のアドバイザー「見える化」へ
今後の最も重要な課題は強力になるNISAに関し、一部の高所得者だけでなく、広く国民全体に活用を促す仕組みを作ること。それができなければ本当に「金持ち優遇」になりかねない。
あまり知られていないが、NISA抜本改革と並行して、金融庁内では投資や金融の個人へのアドバイス体制に関する非常に重要な改正論議が進んでいる。官邸から金融庁へかなり早い段階で「NISA拡充は、顧客本位のアドバイザーづくりや金融教育の強化とセットだ」という指示が来ていたからだ。NISAの抜本改革による変化は、個人の資産形成へのこうした幅広い支援策と合わせた全体像で考えるべきだ。

現在、ファイナンシャルプランナー(FP)や金融商品仲介業者、投資助言業者、保険募集人など、個人がお金について相談する業者は多様だ。しかし問題は「誰が本当の味方か見えづらい」ことだ。
金融商品仲介業者については、業界の「独立系金融アドバイザー(IFA)」という自称をそのまま無批判に使うメディアも多い。このため誤解されがちだが、法的な資格は証券外務員であり販売業者だ。良心的な業者と、手数料重視で仕組み債などを積極販売する業者が玉石混交だ。
FPも金融商品仲介業者や保険募集人など販売業者を兼ねているケースも多く、本当に顧客のためを思ったアドバイスか、商品販売による手数料狙いのアドバイスか顧客は判断しづらい。
このため金融庁は顧客本位の「認定アドバイザー」をリスト化し公表する方針だ。
認定の条件としては①金融商品を販売していない②金融機関から手数料などをもらっておらず報酬は顧客だけから受け取る――などが検討されている。
これは販売と実質的に切り離し「利益相反のないアドバイス」をするアドバイザーを「見える化」するという、これまでなかった非常に重要な取り組みだ。実現すれば、顧客は安心してお金の相談ができるだろう。
①や②の条件から考えれば、金融商品仲介業者や保険募集人は「認定アドバイザー」には入らず、別の立場から顧客の資産形成を支援していくことになる。
政府は金融教育を戦略的に実施するための官民一体となった常設機関として、24年に金融経済教育推進機構(仮称)を設立する。この機構がアドバイザーの認定や、アドバイザーが継続的に質の高いサービスをするための支援を行う。
NISAを実際に使っている人は対象者の1割強にすぎない。はるかに強力になる総合NISAと、顧客本位のアドバイス体制や継続的な金融教育がセットになれば、日本の投資の風景は大きく変わる可能性がある。
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