多くの政治家や企業、国民の増税反対の大合唱をみていると日銀の異次元緩和の弊害を痛感せざるを得ない。安い金利に慢心した財政規律の軽視だ。今年の市場の流行語「安い日本」は言葉を変えれば、第2次世界大戦とバブル崩壊に続く「第3の敗戦」といえるのではないか。本来、金利が上昇して国家の危機を知らせるはずの債券市場は沈黙し、代わりに株式市場に影が伸びている。
16日の日経平均株価の下げ幅は500円を超えた。ただ1年を通してみると米株に比べ、一見底堅い。「卯(う)跳ねる。来年こそは日本株」――。こうはやす市場関係者も多い。だからこそ長期マネーの異変をうかがわせる現象は見逃せない。
過去20年の日経平均の動きを統計分析すると「米株高や円安なら上昇」というように米ダウ工業株30種平均と円相場の2つの要素だけでほぼ説明できる。ところが最近、この関係が崩れ、2月のウクライナ危機以降は円とダウ平均から導かれる理論価格を大きく下回るようになった。16日の終値は理論価格より2700円以上も低い。
似たようなことは過去もあった。米製造業景況感指数が悪化する局面、いわば「米経済が風邪を引くと日本株は肺炎を起こす」というケースだ。この条件は今回も当てはまる。ただし、注目すべき点が他に2つある。
第1は2~8月の日本の景気動向指数(CI、一致指数)は上昇していたにもかかわらず、理論価格割れしている点だ。こうしたパターンは東日本大震災後の一時期を除くと03年以降、例がない。第2は理論価格割れが消費者物価指数(CPI)の上昇と歩調をあわせている点だ。これも珍しい。
「世界の分断が進むなか、エネルギーや食糧を含めた日本の安全保障面のリスクを映している」とニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストはみる。外国人にすれば「お買い得」ではなく、「買いたくないから安い」という見方だ。
CPIの上昇が株価形成メカニズムに影響し始めた可能性もある。「物価急騰の『記憶』が市場に組み込まれると、金利は高止まりしやすくなり、国債の発行条件は悪化し、株価収益率にも重圧が加わる」(岩村充・早稲田大学名誉教授)。安全資産(国債)金利が上がると投資家が企業に求めるリターンの水準も高まり、それを満たせない株式は敬遠されるだろう。
「利上げは止まってからが怖い」が市場の常識だ。米連邦準備理事会(FRB)による金融引き締めの累積効果で世界経済は来年、金融危機に襲われた08年のような困難に直面しかねない。
FRBの方針で金利は大して下がらないが累積効果で期待インフレ率が低下すれば「実質金利」が上昇し、不況と資産価格の暴落を引き起こすパターンだ。08年当時、米実質金利(10年物の物価連動債の利回り)は3月の0.9%から8月は1.8%と2倍に跳ね上がり、リーマン・ショックの引き金を引いた。今年は3月のマイナス1.0%から11月にはプラス1.7%と大きく上昇。火種は膨らんでいる。
過去239カ月でダウ平均が前月比で2%以上下落した月は50回あるが、そのうち外国人が日本株を買い越したのは14回しかない。外国人の日本離れに日本人が追随し、海外にも窓を開く少額投資非課税制度(NISA)が脱兎(だっと)のような資本逃避の駆け込み寺になりかねない。
(日経QUICKニュース 編集委員 永井洋一)

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