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三井不動産、新社長が目指す不動産「脱皮」の真意

日経ビジネス電子版
三井不動産は12月9日、植田俊取締役・専務執行役員が2023年4月1日付で社長に昇格する人事を発表した。菰田正信代表取締役社長・社長執行役員は代表取締役会長に就く。新社長に就く植田氏は三井不動産の将来像について「いうなれば不動産デベロッパーでなくて産業デベロッパー」と語った。

三井不動産は、2023年4月に植田俊取締役・専務執行役員が代表取締役社長・社長執行役員に就任すると発表した。植田氏は1983年入社の61歳。2011年の執行役員就任後は、ビルディング本部長などの主要事業に携わってきた。菰田正信代表取締役社長・社長執行役員は代表取締役会長に就任する。岩沙弘道代表取締役会長は4月から取締役となり、6月開催予定の定時株主総会で退任し相談役に就任する。

今回の新社長の人選を巡っては、二つの「異例」な点がある。

まず植田氏の61歳という年齢だ。三井不動産は1955年就任の江戸英雄氏以降、5人の社長全員が10年以上在任しており、いずれも60歳になる前に社長に就任してきた。

菰田氏は「新しい三井不動産を切り開いてもらいたい、という思いの中で、守りに入ったり頭が固くなったりしない人物」として植田専務が選ばれたといい、「50代も60代も変わらない」と答えた。一方で社長在任期間について問われると「今後も長いかどうかは分からない」と話した。

もう一つは、菰田氏が会長に就任する際、執行役員から外れることだ。岩沙氏が2012年に社長から会長になった際は執行役員のままで、執行役員が外れたのは19年のことだった。今回、菰田氏は会長および取締役会議長として経営と財界活動に専念。執行は植田氏を明確なトップとするガバナンスになりそうだ。

「外から見てきた」苦労人

菰田氏は記者会見で、植田氏について「私の右腕として(中期経営計画の)イノベーション2017達成や、(長期経営方針の)VISION 2025の進捗に大きく貢献してきた立役者」として「人物、見識、能力、社内の人望も厚く、新時代を切り開いてくれる」と語った。米国事業におけるビルディング事業において「普通でない(数値)目標を設定しても、見事に飛び越えてきた人物」と実績を高く評価する。

一方、植田氏は自身について「主力のビル事業で保守本流を歩いてきた男と思われるかもしれない。だが実は40年間のキャリアのうち、本社に勤務したのは十数年。関係会社への出向などを繰り返し、外から三井不動産を見てきた」と語る。

92年から在任した三井不動産ファイナンスでは、バブル後の不動産と不良債権の後処理に取り組み「砂をかむような仕事で厳しい時代だった」と振り返る。99年からの10年間は、三井不動産投資顧問に出向。不動産証券化ビジネスの立ち上げに携わった。

ライフサイエンス事業で見せた「妄想、構想、実現」の力

そんな植田氏のキャリアの中でも、注目すべき成果が「ライフサイエンス事業」だ。2016年に三井不動産が設立した一般社団法人「ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)」の立ち上げを主導し、現在も専務理事を務める。LINK-Jは、ライフサイエンス事業においてスタートアップや研究者、大企業などをつなげるプラットフォームで、研究室を賃貸する事業体でもある。三井不動産の本拠地でもある日本橋に拠点を構えている。菰田氏は当初、LINK-Jの構想を聞いた際、「大風呂敷だと思った」と笑う。

「妄想、構想、実現」がモットーという植田氏。突拍子もない妄想に大義があれば仲間が集まり構想となり、やがて実現につながる、と説明する。各大学や創薬会社などを巻き込み、支持を獲得。現在、LINK-Jは600以上の会員を抱えるまでに成長した。

「(三井不動産が)薬を作ることは永遠にないが、それがゆえに世界に受け入れてもらえた」「変革を起こすのは若者、よそ者、ばか者だと言われる。若者であることはできないかもしれないが、よそ者でありばか者であることはできる」(植田氏)。

植田氏が構想する今後の三井不動産のあり方についても、ライフサイエンス事業の発想が源にあると言えそうだ。「次の分野は内緒」と言いつつ、「不動産業としてハードの場所を提供するだけでなく、人や企業、産業同士が交流して新しいイノベーションを生みだすプラットフォームを新たに創出し、需要があるところには手を差し伸べていきたい」という。

東日本大震災とコロナ禍乗り越えた菰田社長

菰田氏の任期は、外部環境の激変に三井不動産が大きく揺さぶられた時期でもあった。2011年、東日本大震災の直後に就任したが、その後6年間で約2倍の営業利益を達成して厳しい経営状況を立て直し、中期経営計画「イノベーション2017」の目標を達成している。

18年に長期的な視点から「VISION 2025」を掲げた。だが、その矢先に新型コロナウイルス禍が襲う。外出制限やイベント、キャンペーンの禁止などは、三井不動産が手掛ける街づくり事業の根本を揺るがした。テナント賃料の減免や感染対策などに奔走したが、12年間の中で「一番つらかった」と振り返る。今年度はコロナの影響が数百億円残るものの過去最高の3000億円の営業利益を達成する見込みで、VISION 2025達成の道筋が見えてきた。そのタイミングで次世代のリーダーに会社を託そうと考えたという。

植田氏が三井不動産の強みを「危機への対応力」と語るのは、菰田氏の経営のDNAを受け継ごうという意思の表れか。菰田氏は「守るべきモノと変えるべきモノがある」と述べ、変革への期待感も示す。

社内からは植田氏に対して「気さくで優しく、社員からは好かれている。ガンガン引っ張っていくタイプではないので、社長になるとは意外だった」「正義感が強いタイプだ」など好意的な評価が多い。社長として、社内からどれだけの「妄想」を引き出せるか。それが、創立80年を超える老舗企業のビジネスモデルを、どこまで脱皮させられるかに直結しそうだ。

(日経ビジネス 馬塲貴子)