シンガポールに「新たなヘッジファンド業界」(ある金融機関幹部)が誕生しつつある。
シンガポールでは、ひとつの富裕家の資産を管理運用するシングル型ファミリーオフィスの増加数のうち、習近平(シー・ジンピン)政権下の中国から資産を移す中国人富裕層のオフィスは最大で半数を占めている。複数の推計によると新型コロナウイルスの感染拡大以降、シングル型ファミリーオフィスの数は3倍近くに急増し、現在は1500に上る。
プライベートバンク出身で、現在はシンガポールで中国人向けシングル型ファミリーオフィスを運営するキャロライン・リー氏は「大手ファミリーオフィスはプライベートバンクの富裕層向け資産管理部門の上級専門職と変わらぬ給与を提供しようとしている」と話す。「その行員にもよるが、大手銀行の権力闘争の激しさに嫌気がさしている人にとっては魅力的かもしれない」
ファミリーオフィスの創業者は、その組織を就労ビザの確保や家族をシンガポールに呼び寄せることによく使っていた、と人材スカウト業者は話す。従来は資産運用の実務経験の有無にかかわらず、重要なポジションにあるファミリーメンバーを雇おうとした。
だが2022年4月、シンガポールに拠点を置くファミリーオフィスは税控除の条件として2人以上の投資専門家を雇うよう義務付けられた。大手は3人以上だ。
この規制強化をきっかけに、富裕層向け資産運用など、業界全体で数千人に上る金融の専門人材の採用ブームが起きている。これにより優秀な人材を見つけるのは「ずっと難しくなった」とリー氏は話す。「各オフィスは高給を払うのをいとわないからだ」
「乗り遅れへの懸念」で創業
富裕層向け金融を手掛けるバンク・オブ・シンガポール(BOS)を退職し、21年にシングル型ファミリーオフィスと連携する富裕層向け資産管理会社を創業したデリック・タン氏は、ファミリーオフィス設立の原動力は「FOMO(乗り遅れるとの懸念)」にあると指摘する。
タン氏は「ファミリーオフィスの設立にあたり、多くの中国人富裕層に目的を尋ねている。『友人や同僚が会社を上場させたから、自分の会社も上場させる』という20~30年前の状況に似ている」と語る。
オルタナティブ投資運用協会(AIMA)アジア支部(在シンガポール)のカー・シェン・リー代表は、トップ銀行や資産運用会社から人材を引き抜くファミリーオフィスが増えていると話す。各オフィスは「特定の投資の経験や専門知識を持つ人材」を求めているという。
米金融機関の在シンガポール投資銀行部門の代表を務める人物は、ファミリーオフィスに多くの人材が流出していると認める。「上級の専門人材をファミリーオフィスに奪われた(銀行)を他にも数行知っている。チームをごっそり引き抜くオフィスも増えるだろう」と語った。
ファミリーオフィスは保守的で主な投資対象は不動産や上場株だが、リスク志向を徐々に強める可能性が高いと銀行関係者やアドバイザーは予測する。ヘッジファンドのような行動をとるようになるとの見方もある。
ファミリーオフィスの急増ぶりに驚いたシンガポール政府は22年、資本要件と人員配置要件を厳格化した。
ファミリーオフィスの設立申請者は税優遇の適用条件を満たして投資専門家を採用するため、運用資産を2年以内に2000万シンガポールドル(約20億円)に増やすと約束しなくてはならない。運用資産の10%または1000万シンガポールドルのうちの金額が大きい方を、株式やスタートアップなどシンガポール国内に投資することも義務付けられている。
By Mercedes Ruehl and Leo Lewis
(2022年12月12日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
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