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猛烈マスク氏の求心力は

「最近、仕事量がかなり増えた。やるべきことが多すぎる」。米起業家イーロン・マスク氏は11月14日、20カ国・地域首脳会議の関連会合で語った。

そうだろう。▽テスラ=電気自動車(EV)トラックを投入▽スペースX=最大7500基の人工衛星を追加配備する許可を取得▽ニューラリンク=脳の信号を読む装置を人に移植する治験計画を表明。この半月に限っても、同氏が率いる米国企業の動きは激しい。

これに米ツイッターの経営が加わった。「率直なところ、お勧めできない」とマスク氏は自身の超多忙を表現するが、従業員には同様のハードワークを求めている。

10月の買収完了直後、従業員を半分に減らしただけではない。リモートワークは原則認めず、週40時間のオフィス勤務を課した。長時間猛烈に働くか、会社を去るか。そうも迫ったという。

仕事に打ち込む覚悟がなければイーロンチームの一員となる資格なし――。そうした姿勢はテスラやスペースXでもみせてきた。

鼓舞された従業員が、EVや宇宙開発のビジネスを成長させる原動力になってきたのは間違いない。「大変だったが刺激を受けた」とマスク流のモーレツ経営を懐かしむ元従業員たちの声も聞く。同氏の「勝ちパターン」だ。

それでもツイッター従業員との向き合い方は今後、経営の障壁になるかもしれない。新型コロナウイルス禍を経て、働く人の意識が相当変わったからだ。

オランダの人材サービス大手、ランスタッドが2~3月に主要国・地域の3万5000人を調査した結果をみてみよう。若者が柔軟な勤務を好む傾向に驚きはない。目を引くのは「世界に貢献する仕事なら収入が減ってもいい」「多様性や公正性を重視しない組織では働かない」との回答が18~34歳で4割を超すことだ。

社会的な意義があり、人生観と合致する仕事を追い続ける。そういう個人が台頭してきた。この構造変化にどう適応するか。多くの経営者が試行錯誤を求められる。

2017年設立で、副業がしたいエンジニアやデザイナーと企業をマッチングするoverflow(東京・港)。鈴木裕斗最高経営責任者(CEO)は、個人が働き方を主体的に選び、いくつも会社をかけ持ちして働く傾向が鮮明になると予想する。「いろいろな人がアクセスでき、能力を発揮しやすい環境をつくることが強い会社の土台になる」

オフィスはなく、従業員157人全員がリモートだ。しかも勤務スタイルの選択肢が多い。週5日勤務のフル、2~3日程度のフレキシブル、期間限定のパートナーがある。正社員は39人だけで、あとは業務委託(副業やフリーランス)、パート・アルバイトだ。

同じフルでも正社員と業務委託が混在するが、雇用形態の違いで仕事のやりやすさに差が生じないように腐心する。機密など一部をのぞき社内の情報を広く開示し、権限もできるだけ移譲する。

 

 

 

大切な時間を使おうと思ってもらえる会社になるよう知恵を絞るのが経営者の役目と鈴木氏は考える。人材を囲い込むのではなく、コミュニティー的につながるイメージだ。会社と個人の求めるものが互いに一致していれば、安定的な経営が可能とみる。

そんなオープンさを備えた会社の姿は時代の要請だ。30年までに世界で8520万人の高度人材が不足するとされ、国をまたいで働き手を獲得できるかどうかが競争力を左右する。この流れを受けて急成長する会社がある。

19年の創業ながら企業価値が55億ドル(約7500億円)の米Deelだ。技術系などの人材を求める企業とリモートワーカーを国境を越えて結びつける。雇用契約や給与の支払い、税金管理などを引き受ける。企業は自社の拠点がない国の人材も即戦力にできる。

スタートアップから大企業まで1万社が使う。米国、英国、カナダ、ドイツの会社が多い。Deelの仕組みで働く人は10万人にのぼり、フィリピン、アルゼンチン、ブラジル、インドのワーカーが上位に並ぶ。つまり縦横無尽に人材を束ねる経営が広がっている。

 

 

 

ツイッターに話を戻す。

日々2億人が利用するツイッターはうまく機能すれば民主主義を支える言論空間になる。これを担う仕事にはやりがいがある。だが、先頭に立つマスク氏はトランプ前米大統領のアカウントを早々に復活させるなど荒っぽい。ここで働く意義は? 従業員のやる気をそぎかねない。

公共性を帯びたSNS(交流サイト)の運営には、偏った情報や差別の拡散を防ぐためにもいろいろな価値観や文化の人が働き、意見が反映される体制がいる。「激務か退社か」との択一を突きつけるやり方は、それを妨げる。

いま最も注目される起業家のもとでの仕事は挑戦しがいがあると奮起する人もきっといる。脆弱なツイッターの経営を立て直すには「ショック療法」がまずは有効との見方もできる。

しかし、しゃれたEVを走らせたり天高くロケットを飛ばしたりする突進力とは異なる力がツイッターの経営にはいるはずだ。マスク氏は「様々な信条を健全に議論するデジタル広場」が重要だと説く。ツイッターをそういう場にしたいなら、多様な人材を引き寄せ、活発な対話が起きる会社に自らがなる必要がある。ツイッターの経営を強くする条件でもある。