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オフィス進化、犬同伴やキッチン併設 出社の意味変化

新型コロナウイルス感染拡大を契機にリモートワークが普及し、一時は「不要論」も高まったオフィス。それでも従業員の交流促進や収益拠点化のための機能を盛り込むなどして、オフィスを「進化」させる企業は少なくない。企業はどんな狙いを持って新時代のオフィスづくりに取り組んでいるのか。最前線を追った。

コロプラ 感染症対策は万全

天井を覆う無数の換気ダクト、抗ウイルス効果のある素材を敷き詰めた床。コロプラは今年2月に東京・六本木に移転した新本社に、最新の感染症対策をふんだんに盛り込んだ。パナソニックの「くらし・空間コンセプト研究所」の協力のもと、科学的根拠があり経済効率性も高い対策を選定。足元では新型コロナウイルス感染の第8波が広がりつつあるが「出社に不安を抱く従業員はほとんどいない」(コロプラのコーポレート本部の森林太郎部長)という。

コロプラは感染症対策で換気ダクトを増設した(東京・港)

同社はプログラマーやデザイナーなど、多い場合で50人以上のチームを編成してスマートフォン向けゲームを開発する。コロナ感染拡大を受けて出社率が低下した時期には細かいミスが増加し、従業員同士が顔を突き合わせて仕事する重要性を再認識。コロナ前から進めていたオフィス移転計画に様々な感染症対策を組み込んで「従業員が安心して出社したくなるオフィス」をつくりあげた。コロナ禍が終息した後も、インフルエンザや風邪の感染リスクを軽減できる。

コロナ禍を契機にリモートワークが普及した結果、社内のコミュニケーションが減少し、危機感を抱いてオフィスを「交流促進の場」として進化させる企業は多い。

クラウド会計ソフトのfreee(フリー)では、8月に拡張移転した東京・大崎の新オフィスのフロア中央に、ガラス張りのキッチン付き会議室を設置した。大型オーブンやコーヒーメーカーなどを備え付け、従業員は気軽に交流できる。

フリーは従業員の交流促進を狙ってガラス張りのキッチン付き会議室を設けた(東京・品川)

チーフ・カルチャー・オフィサーを務める辻本祐佳氏は「仕事以外でもコミュニティを形成できる場所として、行きたくなるようなオフィスを目指した」と説明する。一時は完全なリモートワークに移行したが、現在ではエンジニアが週1日、それ以外の職種は週3日出社するのが基本。キッチン付き会議室でコーヒーを飲みながら仕事の相談をする従業員の姿が日常的にみられる。

富士通は従業員の交流促進のために「犬」に着目。2022年夏に、川崎市の拠点に愛犬と一緒に勤務できる部屋を設けた。ケージ付きの個室に加えて共用スペースを備え、愛犬と同伴出勤した人だけでなく同僚も出入りできる。日ごろはあまり交流のない従業員同士でも「犬談義」に花を咲かせて打ち解ければ、仕事の課題やアイデアについても意見を交換しやすくなるという寸法だ。

NECネッツエスアイ 顧客に見せる災害対策室

オフィスをコストセンターではなく「収益拠点」化する企業もある。

ITサービス販売などを手掛けるNECネッツエスアイは20年2月に開設した東京都中央区の「日本橋イノベーションベース」をオフィス兼ショールームとして活用。オンラインセミナーの配信に使うスタジオやボタン1つで災害対策室に様変わりする会議室など、デジタルトランスフォーメーション(DX)関連の商材を自社で使いながら改良し、訪れる顧客にアピールしている。

NESICは顧客向けのショールームとしてもオフィスを活用する(東京・中央)

同社は新型コロナ禍前からオフィス出社とリモートワークを併用。「デジタル技術で『リアル』を拡張すれば生産性を高められる」(ビジネスデザイン戦略本部の吉田和友本部長)という発想で、出社している社員と在宅勤務者が情報を共有しやすいシステムなどを開発してきた。日本橋イノベーションベースには月100社以上の顧客が訪問。実際にシステムが活用されているのを目の当たりにして「これが欲しい」と発注を決めるケースも少なくないという。

ミネベアミツミ 技術者代表が結集

ミネベアミツミは23年春に東京・汐留に東京本部を移転。新本部を「東京クロステックガーデン」と名付けた。経理や総務といった間接部門が働くだけでなく、長野県や静岡県など各地の拠点から技術者の代表が集まる研究開発拠点としての機能も持つためだ。貝沼由久会長兼社長は「28事業部にまたがる技術を相合(そうごう)させる『蝶番(ちょうつがい)』の役割を担う」と説明する。

新しいオフィスづくりにまい進する企業が増える一方、リモートワークの広がりを受けて「従来ほど広いオフィスは必要ない」と考える企業も少なくない。日立製作所は24年度までに東京都と神奈川県内にある自社やグループのオフィス面積を2割削減する方針。富士通も段階的な面積削減を並行して進める。

ジンズホールディングスも来春ごろをメドに、東京オフィスを現在の東京・飯田橋から同神田に移転し、面積を半分強に縮小する計画だ。移転先は今よりも古いビルで機能も劣る。

ただ同社は「オフィス不要論」に傾いたわけではない。「立派なビルに入居したことで『大企業病』にかかってしまった可能性がある」(田中仁代表取締役CEO=最高経営責任者)との懸念を払拭する狙いで、あえて縮小移転を決めたという。

オフィスが狭くなれば社員同士の距離が近づき、コミュニケーションが活性化する面もある。新オフィスにはワンフロアをまるごと使ったオープンスペースの会議室や従業員専用のサウナなど、交流促進や創造性向上につながる機能も積極的に盛り込む方針だ。

リモート偏重を修正したい カギは「交流」

「全員が最低でも週40時間、オフィスにいる必要がある」。イーロン・マスク氏は11月上旬、買収した米ツイッターの社員に向けたメールでこう宣言した。同社はコロナ感染拡大後、在宅勤務を無期限に認めることを決めていたが、「オフィス勤務派」のマスク氏の意向で方針が180度変わった格好だ。

米国ではアップルが週3日のオフィス勤務を義務づけるようになり、写真・動画共有アプリ「スナップチャット」を運営するスナップも来年2月末から勤務時間の80%をオフィスで働くようにする方針だ。ツイッターのようにオフィス出社を原則とする有力企業は少数派だが、コロナ感染拡大期にみられたリモートワーク偏重の動きは鈍化。両者を組み合わせた「ハイブリッドワーク」を取り入れる企業が米国のみならず、日本でも増えている状況だ。

ただ、企業はこれが最適解と考えているわけではない。米マイクロソフトが9月に公表した調査によると、ハイブリッドワークへの移行により「従業員の生産性について確信を持つことが難しくなっている」と回答した主要国の企業管理職などのリーダー層は85%に達した。

一方で従業員の87%は「自分は生産的だ」と回答。オフィス勤務回帰への反発は強く、アップルでも週3日出社の義務化に従業員が激しく抵抗したと報じられている。

労使の溝を埋めるための方策はないのか。マイクロソフトの調査では「同僚との交流」や「チームの絆の再構築」の機会がオフィス勤務の動機になると回答した従業員はそれぞれ8割を超えた。不動産サービス大手JLLが6月に実施した日本の調査でも「同僚とのコミュニケーションが減る」点をリモートワークのデメリットにあげた従業員は39%にのぼる。

つまり、従業員同士が交流しやすいオフィスをつくれば、企業側が望むような出社率の向上につながる可能性は高い。

実際にそうしたオフィスづくりを志向する企業は増えている。ザイマックス不動産総合研究所(東京・港)が今秋実施した調査によると、自社オフィスをはじめとする「ワークプレイス」に関する戦略を見直す意思のある企業は6割強。そうした企業のなかでも本社のようなメーンオフィスについて「コミュニケーションのための場作り、集まるための機能を重視する」施策に関心があるとの回答は5割近くにのぼった。

同研究所の石崎真弓主任研究員は「(仕事の内容に応じて働く場所を変える)アクティビティー・ベースド・ワーキング(ABW)への理解がだいぶ進んできた」と指摘。執務用の座席だけではなく、従業員が交流しやすいカフェスペースや、ちょっとした話し合いに使えるオープンな空間などをオフィスに取り入れる企業が増えている。

一方で「ABWのようなトレンドや他社の成功例を単純にまねるだけでは、従業員の生産性を高められるオフィスはつくれない」(JLLプロジェクト・開発マネジメント事業部の溝上裕二部長)との指摘もある。

コロナ禍が終息しても、出社が当たり前という働き方には日米を問わず戻りそうにない。出社の意味を再定義し生産性を高められる独自性のあるオフィスをつくれるか。その成否は企業の成長力をも左右しそうだ。

(蛭田和也、山田彩未、斎藤正弘)