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鳥貴族創業者(9)道頓堀で成功、東京進出前倒し 鳥貴族ホールディングス大倉忠司社長

道頓堀の成功。それは1店舗の成功にとどまらず、経営そのものにポジティブな影響を及ぼしました。赤字だった店が黒字に転換し、既存店の売り上げまでもがアップしたのです。

ワタミとの競争

さらに空中階でも集客できると分かったため、出店ペースを加速できました。それまで空中階では集客が難しいだろうと、はなから選択肢に入れていませんでした。1階の路面店にこだわり、結果、ノロノロ出店になっていました。不動産屋から繁華街の物件紹介が持ち込まれるようになりました。そのタイミングで郊外から、駅前立地へ、立地を大きく変えていきました。信用保証協会に頼らなくても融資が下り、資金調達しやすくなりました。

道頓堀を巡っては、同じビルに入っていた居酒屋チェーン大手のワタミさんとの競争も思い出深いものです。ワタミさんから最初に席が埋まっていき、鳥貴族が満席になるのはその後でした。しばらくの期間、道頓堀店に張り付いてその様子を見ていました。すると、ある時から順番が変わり、鳥貴族から埋まり始めました。後に東京に進出した際には、ワタミさんの出店した駅をベンチマークして、そのそばに出していこうと思いました。

2004年10月に出店した大阪・梅田の「お初天神店」には、お客さまが神戸や京都から訪れました。大阪から、関西全域へ、知名度が上がった。こう確信した私は、07年に予定していた東京進出の時期を急きょ2年前倒しすることにしました。2年早めると伝えたら社員は皆、「え、もう動くのですか」とキョトンとしていました。経営はスピードが命。早く動けば、その分、可能性は広がっていきます。

「大阪に雰囲気が似た」JR中央線沿い

東京では、街の雰囲気がどことなく大阪に似ているJR中央線の中野から吉祥寺あたりの物件を探しました。05年、1号店を中野駅前のビルに、2号店、3号店を高円寺、阿佐ケ谷駅前に出しました。その後は、中央線から離れて、西武池袋線の石神井公園駅に挑戦しました。高円寺店と阿佐谷店はうまく行ったのですが、中野や石神井公園の店が思うように売り上げが伸びず、苦戦しました。

東京でブレイクしたのは10年6月、渋谷井の頭通り店を出店してからです。道頓堀店は35店舗目、渋谷井の頭通り店は関東における31店舗目。関西でも、東京でも、店舗数からしてほぼ同じタイミングでのブレイクです。最初はノロノロ、数年たって一気に人気が爆発するのが鳥貴族らしさ、なのかもしれません。

東京は大変です。何しろ家賃が高い。その分大阪より東京のほうが客単価は高いだろうと見込んでいましたが、逆。東京のほうが大阪よりも客単価が低いのです。高円寺や阿佐谷などの鳥貴族に来るお客さまに、大きな夢を追う若いクリエーターの方らが多かったからです。単価の低さに最初は驚きましたが、よくよく冷静になって考えれば想定できたことでした。

実をいうと、東京進出を果たすにあたり、当初「東京価格」にしようと考えていました。家賃も、人件費も、建築費も違うのに、全国一律の価格で提供するのに無理があります。地域ごとに価格の差があってもよいのではないでしょうか。地域別価格は、これからの大きな課題です。

(編集委員 大岩佐和子)