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〈成長の未来図〉北欧の現場から(1) 北欧起業圏「自らを再生」 救うのは企業でなく人 トランポリン経済に道

「ここは自らを再生する街だ」。IT企業ハルティアンのパシ・レイパラ氏は話す。ノキアが経営危機に直面した2012年、同僚5人とノキアを辞めて起業した。今では従業員数が世界で150人、企業価値は5100万ドル(約70億円)まで成長した。

オウル市の本社を訪ねると、大型モニターがオフィスの見取り図と社員一人ひとりの情報を映し出していた。独自の無線技術を応用したシステムで、在宅やフリーアドレスの社員が多くても勤務状態を正確に把握。コミュニケーションを円滑にしオフィスの無駄なスペースをなくすなど生産性向上につながる。欧米で顧客企業が増え日本でも清水建設が採用する。

 

脱ノキア依存

 

ノキアは代名詞だった携帯電話事業の売却などに伴いフィンランドで数千人規模の人員削減を迫られた。技術者が活躍の場を失い流出すれば競争力を失いかねなかった。

政府やオウル市がとった対策はノキアという企業を救うのではなく「人や技術を救う」(オウル市で経済政策を統括するユハ・アラ=ムルスラ氏)こと。ノキアへの資金注入などはせず、リスキリング(学び直し)による転職や起業支援に資金を振り向けた。

ノキアも起業希望者に1人2万ユーロを提供し、10年以上の勤務者に賃金1年分を払う「ブリッジプログラム」を設けた。レイパラ氏もそれを元手に起業した一人。「私たちもオウル市も当初は苦しく不安もあった。それでも事業を立ち上げて危機を乗り越えようという共通認識があった」

街にとどまった技術者が医療やエネルギーなどに産業を広げ、ノキア依存を脱した。指輪型の健康管理デバイスを手掛けるユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)オウラも創業者はノキア出身だ。一時ピークから半減したオウル市の法人税収は危機前の水準を取り戻しつつある。

北欧全体が起業を成長の起爆剤に位置づける。北欧5カ国へのベンチャー投資(総合・経済面きょうのことば)額は21年に計164億ドル、直近のユニコーン企業数は65社に達した。スウェーデンは人口100万人あたりユニコーン数が3.5社と世界4位。フィンランドとデンマークは1.4社で11位、12位につける。日本は0.1社で29位だ。

 

米国流と一線

 

起業の裾野の広がりは米国シリコンバレーと異なる北欧型システムも背中を押す。ハイリスク・ハイリターンを求めて野心家が競うシリコンバレー流に対し、北欧は手厚い福祉が起業や転職のリスクを和らげる。柔軟性(フレキシビリティー)と安全性(セキュリティー)を兼ね備える「フレキシキュリティー」が起業の場面にも浸透する。

スウェーデン人のアストリッド・クリステンセンさんは英国や米国の企業でデジタル関連のキャリアを積み、激務をこなしながら起業を考えていた。しかし結婚・出産を機に不安がよぎった。「家族や心身の健康を捨ててまで起業はできない」

子育て世帯への支援が充実する母国への帰国を決め、昨年40歳でストックホルムのスタートアップ向け共同施設に入居。産前産後の女性の健康管理を医学的に支援するサービスで起業した。

クリステンセンさんの夫も起業家で、3人の子供を育てながらそれぞれ会社を経営する。スウェーデン産業経済研究所のラーシュ・パーション教授は「経験豊富なミドル世代が起業を恐れないことはスタートアップの生存率を高める」と話す。

スウェーデンが90年代の金融危機後に大企業の優遇税制を廃止するなど、北欧各国は企業の競争を促し経済の新陳代謝が進む環境を整えてきた。

安全網も充実し「落ちても跳び上がれるトランポリン経済」(パーション氏)が国の成長力や危機からの回復力を高めてきた。2000年以降の平均成長率が0.6%にとどまる日本に対し、スウェーデンは2.2%、フィンランドは1.5%を確保する。

 

 

人口の少ない北欧諸国には限られた人的資源を最大限活用しないと生き残れないという危機感がある。「成長の未来図」第3部では北欧の現場から日本が進むべき道のヒントを探る。