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日商保社長、保証でオフィス賃貸の商慣習変革に挑む

旗振り役を担うのが社長の豊岡順也だ。ビルオーナーなどと組み、2025年に敷金不要のオフィスを全国で約5千区画まで増やす。敷金を事業資金に充ててもらい、スタートアップの成長を後押ししていく。

 

とよおか・まさや 大学卒業後、国際証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。家業の卸売会社などを経て、11年に日本商業不動産保証(現日商保)を立ち上げる。

7月中旬に都内で開いた「敷金を成長資金に。プロジェクト」の発足会。新型コロナウイルス感染拡大後から2年ほどをかけ、発起人として豊岡が地道に賛同企業を募った努力が実った瞬間だった。まず、東急不動産や東京建物など計11社が新たなプロジェクトに参加を決めた。

プロジェクトでは賛同する不動産会社などと連携し敷金不要のオフィスを開発。日商保が入居企業が預ける敷金を保証に置き換える。現時点で日商保が保証を提供する敷金なしのオフィスは全国に400区画あり、25年までに約13倍の約5千区画まで広げる。単純計算では約625億円の預託敷金が解消され、事業資金に活用されることになる。

「敷金が原因で社員採用や事業の成長投資を抑えた」。敷金によって成長機会を逸した「敷金ロス」に関する新興勢や中小企業の切実な声を聞き、古いしきたりを打ち破りたいとの思いが強かった豊岡。ただ、不動産業界に残る商慣習を見直すことは予想以上に大変なものだった。

「預けない会社は危ない」

大学卒業後に入社した証券会社や父親が経営していた会社勤務などを経て、敷金の減額保証サービス会社を設立したのは11年。社長をしていた別の会社での経験から、敷金を減らす代わりに保証を行うビジネスに成長性を感じた。

そもそも、オフィス賃貸市場で言われる預託敷金は倒産や賃料滞納などがあった際に備え、入居企業が入居前に預けるものだ。相場は月額賃料の6~12カ月分。預けた敷金は原則としてオフィスに入居期間中は使われないが、ビルオーナーが与信管理の一つに位置付ける。なぜ敷金を預けるのかと疑問に思う企業も少なくなかったが「預けない会社は危ない」とのレッテルを貼られる危険があった。

当初、豊岡がビルオーナーに敷金の減額を提案しても耳を傾ける人は皆無だった。「敷金は預けるものだ」との観念が根強く「他の会社はどこが実施するのか」と横並び意識が強かった。一部の部署が興味を示した会社があっても、別の部署の了解を得ないと進まないなど正式採用に向けた動きは遅かった。

「実績を作らないと導入してくれる不動産会社は増えない」。仲間作りのため、豊岡は敷金を減額するサービスの良さを粘り強く説明した。

ビルオーナーが懸念する保証を提供する企業の審査は、日商保として対象企業に3年分の決算書を提出してもらい、自社の分析ツールで今後3年の業績も予想。黒字で将来の不安が小さい企業に保証を提供するとした。日商保はリスクを回避するため損害保険に入っている点も訴えた。

市況軟化で風向き変わる

少しずつ敷金を減らすことに理解を示す不動産会社が増えた。次の目標だった「敷金ゼロオフィス」の開発は突然注目されることになる。20年に発生したコロナ禍だ。

働き方の多様化を受け、大企業を中心に在宅勤務が普及しオフィスの解約や縮小が相次いだ。コロナ前は1.5%程度だった都心5区の空室率は6%台半ばまで上昇。今でも供給過剰の目安となる5%を上回る水準で推移する。

環境の激変に危機感を持ったビルオーナーから豊岡に「早めに空室を埋めたい」との相談が日に日に増えた。もともとニーズはあり、敷金なしのオフィスを検討する企業も広がり始めた。

23年以降に都心部で大規模なオフィスビルの新規開業が再び増加する流れも支えとなった。立地や機能面など入居企業を集めるための物件競争が激しくなるなか、ハード面だけでは差異化しにくくなっている。

敷金ゼロオフィスを25年に約5千区画まで増やす

他社にはない特徴として「敷金不要」に関心を持つビルオーナーも出始めた。豊岡は各オーナーが抱く不安材料や懸念点を一つずつ潰しつつ、サービスを導入するメリットや意義を伝え賛同してもらうことに力を注いだ。

発足会の開催後、プロジェクトに賛同する企業は増え続けている。敷金ロスの解消は新興・中小企業の成長を後押しするだけでなく、中長期的に事業が拡大すれば、ビルオーナーにとってもより広いオフィスを借りてもらう可能性につながる。

日商保の企業理念は「本業を助ける金融でありたい」。豊岡はオフィスの貸し手と借り手が「ウィンウィン」となる市場に向け汗をかき続ける。=敬称略

(原欣宏)