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賃上げ実現への課題 慶応義塾大学教授 土居丈朗

21日に国会提出された第2次補正予算案には、賃上げした企業や、従業員のリスキリング(学び直し)を支える企業への助成拡充が盛り込まれた。

 

一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏(ダイヤモンド・オンライン11月17日)は政府が賃上げを目標に打ち出したことを評価しつつ、構造的な賃上げがリスキリングだけで解決するような簡単な問題ではないと主張する。

1990年代以降、日本の賃金は長い低下傾向が続いてきた。野口氏は賃金が上がらなかった大元の原因は、企業の付加価値が成長しなかったためだと強調する。したがって賃金を構造的に上げるには、企業の1人当たり付加価値を増加させる必要がある。

そのためには企業がビジネスモデルを変え、新技術を導入し、働く人たちが新たなスキルを身につけることが求められる。しかしそこに至るには、教育制度の根本的改革や企業での働き方の改革も必要となる。つまり賃上げには、日本社会の構造を根底から変える覚悟が求められると示唆している。

 

堀井 亮氏

堀井 亮氏

日本の低成長を克服するには研究開発支援、科学技術、教育など長期的な技術進歩を促す政策が必要と唱えるのは、大阪大学教授の堀井亮氏(11月2日付やさしい経済学)である。産業の新陳代謝を進めることも重要で、そのためには新技術に対応できず生産性の低い企業の整理や、労働者の再教育が必要になる。これらは一時的な痛みを伴うが、その痛みを避けるため保護を続ければ、バブル崩壊後の停滞がいつまでも続くと警鐘を鳴らす。

学習院大学教授の宮川努氏(東洋経済オンライン11月16日)は、岸田政権による人材投資の促進策が生産性を引き上げる効果について疑問を投げかけている。まず国際的にみた日本の人材投資の少なさや1人当たり賃金の低さには、非正規雇用の増加という共通の背景がある。非正規雇用が増えると訓練投資は抑えられ、スキルの向上は十分に図られない。その結果、賃金も上昇しない負のサイクルが生まれる。

政府はその状況を打開すべく企業による訓練投資を支援する政策を講じるのだが、宮川氏は限界を指摘する。こうした政策は企業に魅力を感じ長期雇用を選択する労働者を生み出すわけだが、雇用が流動化する流れに逆行してしまうからである。

このため宮川氏は、企業の訓練投資よりも個々の労働者のスキルアップに着目し、さらには社会に出る前の教育環境の充実を説いている。野口氏や堀井氏とも共通する視点である。

 

英首相辞任の教訓探る

 

北村 行伸氏

北村 行伸氏

10月の全国消費者物価指数は前年同月比3.6%の上昇となった。インフレはいつまで続くのか。立正大学教授の北村行伸氏(週刊エコノミスト11月15日号)は来春には物価上昇が一巡する可能性が高いとみる。資源価格の高騰が落ち着いてきているためだが、新たな危機の芽にも目を向けている。

日本では日銀による金融緩和が続いているが、政策の方向転換がなければ日米の金利差は開くので円安が進み、輸入物価の上昇を通じてそれなりのインフレが続いてしまう。

注意を払うべきは財政金融政策だ。10月20日に英国のトラス首相が辞任表明に追い込まれたのは、市場が政権の財政政策に危機感を抱き、ポンド売りという意思表示をした結果だった。日本で財政が行き詰まれば、日本国債や円の信用が揺らぎ、金融緩和であふれたマネーがさらなるインフレの火種になりかねないと懸念を呈する。

英国のトラス政権が財源手当てなしに大規模減税を発表した直後から市場の攻撃に見舞われたことは、日本にとって他人ごとではないと警鐘を鳴らすのは、みずほリサーチ&テクノロジーズ理事長の中尾武彦氏(日経ヴェリタス11月20日)である。経済政策運営への不安が内外に広がれば、国債が売られて金利が上がり、住宅ローンなどの金利にも波及する。国債の借り換えも困難になり、資金が外国に逃げて激しい通貨安、インフレにつながる。

国内の需要が供給を下回っているときには、政府が需給ギャップを埋めて当然だという議論もある。しかし、財政赤字が大きいときは、将来の財政や年金の不安から、民間の消費や投資が抑制され、政府の支出はギャップを埋めることにあまり役立たないと断じる。英国の首相辞任の教訓は重い。

 

相続や貯蓄の行方問う

政府税制調査会で11月8日、相続税と贈与税に関する専門家会合の論点整理が報告された。会合では、親から子への資産移転の時期の選択に中立的な税制などについて議論している。

 

濱秋 純哉氏

濱秋 純哉氏

法政大学准教授の濱秋純哉氏(11月17日付経済教室)は、高齢世代からの資産移転が若年世代の消費喚起につながるかを検討している。濱秋氏らの分析によると、親から相続を受けた女性は就労確率を低下させた一方、消費に変化はみられなかったという。

裕福な親を持つ子の多くは将来の資産移転を予測して消費を増やすため、実際に移転した時点の消費は変わらないという効果が表れたとみられる。むしろ人々の生活不安の払拭こそ消費を促すとの指摘は的を射ている。

一方、中央大学准教授の田中光氏(週刊東洋経済11月12日号)は、日本人には本当に「貯蓄の伝統」が存在したのかを問うている。

田中氏によれば、日本人は倹約や貯蓄に励むと考えられてきたが、歴史を振り返るとせいぜい20世紀に入ってからにすぎない。きっかけは明治政府が国民に貯蓄慣行がないことを心配して打ち出した子どもでもできる貯蓄奨励策だった。郵便貯金の貯蓄方法である切手貯金(台紙に切手を貼れば額面分の貯金ができる制度)である。こうした積み重ねにより形成された個人貯蓄の集積は、日本経済の成長を支えた。

かつては高い家計貯蓄率を誇っていた日本だが、2014年以降、コロナ禍での「強制貯蓄」による上昇を除けば1%程度と、先進国としては低水準に落ちている。貯蓄を取り崩して生活する高齢者が多いのが主因だが、資産の偏在に今後目が向けられるだろう。