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偽る力、才能と見誤るな イノベーション・エディター ジョン・ソーンヒル

事実確認することを惜しんで、いち早く報じたいことがある――。フリート街(英国の新聞界)のくたびれた記者たちはかつてこう言っていた。

この心理を米シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)業界風に言い換えると「調査を惜しんでいち早く支援したい起業家がいる」だろうか。

暗号資産(仮想通貨)交換業大手FTXトレーディングのサム・バンクマン・フリード氏がまさにそうだった。才気にあふれ、自らを犠牲にして仮想通貨の普及を先導しているようにみえた。そして、あたかも魔法のようにお金を生み出し、そのすべてを困窮している人たちに与えると約束していた。

しかし、バンクマン・フリード氏が率いるFTX帝国は破綻し、同氏は怒りと非難と詐欺疑惑の激流にのまれた。同氏は先日、米デジタルメディアVoxの記者に送った一連のメッセージで「しくじった、何度も大失敗した」と記した。

バンクマン・フリード氏は当初、壮大な計画が後ろ盾を得て、出資を受けるにふさわしいと判断されるシリコンバレーのスタートアップ起業家の事例に見事に当てはまっていたようにみえた。大胆不敵な計画を持つ典型的な創業者で、図体が大きく怠惰な金融業界を塗り替えようとしていた。

両親はともに米スタンフォード大学の学者で、自身は米マサチューセッツ工科大学(MIT)で物理学を専攻している。大学卒業後に投資会社ジェーン・ストリートでリスクを取るトレーダーを経験した同氏は、信用に足る経歴の持ち主だった。

奇人と言わないまでも、どこか執着心のある性格(ある記者は、SFドラマ「スター・トレック」の登場人物スポックの頭脳を持つ一方で、子ども向けテレビ番組「マペット・ショー」のキャラクター、フォジーベアのようなぼさっとした外見だと説明していた)は親しみやすい魅力にもつながった。

FTXに出資した米VC大手セコイア・キャピタルが創業者を紹介するために制作委託・出版した1万3000語の熱烈な記事の題名は「サム・バンクマン・フリードは(編集注、自己満足のために他人を助ける)救世主願望を抱いている――そしてあなたも抱くべきかもしれない」だった。

バンクマン・フリード氏は代表的な仮想通貨「ビットコイン」のアジアにおける価格がその他地域より高い状況を利用し、価格差が解消されるまで裁定取引でサヤ取りした。そのトレーディングの才覚は、著名投資家ジョージ・ソロス氏に並ぶとたたえられた。

一体型の金融アプリを作る計画(また経営難に陥った同業他社の救済)は、工業化時代に向けて19世紀末から20世紀初頭に金融界を再編した米資本家ジョン・ピアポント・モルガンの野望になぞらえられた。

すっかり魅了されたセコイアのパートナーの一人は「この創業者を気に入った」と言ったとされる。

この発言に触発されてか、米調査会社ピッチブックによると、米パラダイム、ソフトバンクグループ、米タイガー・グローバル・マネジメント、カナダのオンタリオ州教員年金基金を含む合計86社の投資家がFTXを支援し、出資額は20億ドル(約2800億円)に上った。

約240億ドルの個人資産を持つようになった30歳のバンクマン・フリード氏は「紛れもない天才」で、いずれ世界初の1兆ドル長者になるとセコイアの記事は締めくくっていた(FTXの破綻後にこの人物評は取り下げられた)。

 

 

 

米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズ氏は、不可能に思えることでも実現できると周囲の人を納得させることができる「現実歪曲(わいきょく)空間」を作り出す力を発揮したことで知られる。

アップルのある社員はジョブズ氏について「現実歪曲空間は、カリスマ的な話術と不屈の意志、そして目先の目的に合うようどんな事実をも曲げる熱意が錯綜(さくそう)する場だった」と記録している。

多くの起業家がこの神話をまねようとしてきた。成功した人もいれば、失敗した人もいる。ジョブズ流を一番発揮しているのはイーロン・マスク氏だろう。電気自動車大手テスラと宇宙開発企業スペースXで自分の意思に合うように人を説得してきた(もっとも米ツイッターでは、抵抗に遭っているようだ)。

一方で、シェアオフィス大手ウィーワーク創業者のアダム・ニューマン氏、18日に投資家をだました罪で11年超の禁錮刑を一審で言い渡されたバイオベンチャー企業セラノス創業者のエリザベス・ホームズ氏、そしてバンクマン・フリード氏は皆、カリスマ性を発揮しようとしたものの、派手に失敗した。

FTXについて、投資家は仮想通貨への熱狂を割り引いて考え、FTXの交換業と投資会社アラメダ・リサーチ、FTXのトークン(電子証票)の相互関係をもっと深く掘り下げるべきだったことは今や明白だ。

本は一切読まないと豪語していたバンクマン・フリード氏が本当に金融に革命を起こす力を有し、先見の明があるかどうかを疑うべきだった。

クリントン元米大統領、ブレア元英首相といった往年の有力政治家や著名人がFTXの盛大な会議に殺到するようになった時点で、投資家はバンクマン・フリード氏のおごりを察知すべきだった。

米プロフットボールNFLの王者決定戦スーパーボウルの最中、同氏を間接的に発明王トーマス・エジソンと比較したFTXのCMが流れたとき、おごりは危険水域に達していた。

 

 

 

米エール大学の歴史学者クレイグ・ライト氏は世界有数の本物の天才を研究した末に、並外れた人材を見極めるためにはより優れた尺度が必要だと結論づけた。歴史的にも、高い知能指数や名門大学の学位を持っていることは頼れる指標ではなかった。あまりにも多くの誤判定を出してきたからだ。

誰もが認める天才である物理学者のアルベルト・アインシュタインは「木を登る能力で魚を評価したら、その魚は生涯、自分がバカだと思い込んで生きるだろう」と言ったとされる。

だまされやすい投資家から巨額のカネを引き出し、顧客を欺く能力は、スキルだと言えるのもしれない。だが、それは決して天賦の才と言えるようなものではない。

(18日付)