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世界秩序、鉄からシリコンへ 恐るべき半導体のパワー 上級論説委員 西條都夫

エレクトロニクス技術に劣るロシアは西側の制裁で十分な半導体を入手できず、窮余の策として家電の半導体を使い回していたという。

長官は半導体の種類には触れなかったが、多分パワー半導体だろう。戦車は内部に自前の発電機を持つが、電圧のブレが激しい粗悪な電気しかつくれず、そのままでは火器管制装置を動かせない。そこで必須となるのが電気の流れを整えるパワー半導体だ。だがロシアは自ら生産できず、中古品の転用で何とか戦車を動かしていたようだ。

実をいえばパワー半導体は先端的な存在ではなく、ありふれた汎用品に近い。が、それさえも調達に四苦八苦する。これこそ当初は強大な火力で敵を圧倒するとみられたロシアが苦戦を強いられている大きな理由ではないか。

例えばミサイルの精密誘導に必要な半導体は、パワー半導体とは桁違いの高次元の技術を要する。ミサイルの先端に電波ホーミングという地上の地形を遠方からでも正確に把握する探知システムや、軌道と標的のズレを時々刻々はじき出すマイクロプロセッサーを装備。さらにミサイル後部のハネを操作し、軌道を巧みに修正する機能もある。

防衛関連のベテラン技術者は「ミサイルの先っぽの運転席にあたる場所に、千里眼の持ち主のセンサーや計算のメチャクチャ早いプロセッサー、ハネを自在に動かす筋肉の達人(アクチュエーター)が一堂に乗り込み、標的めがけてまっしぐらにミサイルを突っ込ませるイメージです」と解説してくれた。

ちなみにこうした「乗組員」はすべて各種の半導体で構成され、1つのミサイルに搭載される半導体はゆうに1000個を超えるという。半導体の性能が上がれば誘導の精度も高まり、敵への打撃力や対ミサイルの迎撃能力が増すのは言うまでもない。

経済史家のクリス・ミラー氏(米タフツ大)は近著『Chip War』の最初の章を「From Steel to Silicon(鉄からシリコンへ)」と名付けた。第2次世界大戦では鉄の生産能力が各国の戦争遂行能力を規定し、米国が日独を打ち破った。その後は米ソの核の均衡が続いたが、1990年の湾岸戦争あたりからシリコン(半導体)がその均衡を突き崩し始めたという。

両陣営が同等の火力を持っていても、狙いどおりの場所に着弾させる誘導能力で差がつけば、均衡は不均衡に変わる。ウクライナをめぐる現状はシリコンの戦場において今なお米国はじめ西側の優位が大きい現実を映し出した。

米ハーバード大で応用物理学の博士号を取得したマッキンゼー・アンド・カンパニーの土谷大アソシエート・パートナーは「AIの発展で、戦闘ロボットのような自律型致死兵器システム(LAWS)が現実味を帯び始めた2016年ごろから、半導体の戦略的重要性はもうワンノッチ高まった」と指摘する。

同時にこの頃から中国の技術的キャッチアップに対する警戒感が米国で顕著になり、「準有事」的ともいえる、厳しい規制が導入され始めた。とりわけ今年10月に決まった新規制は企業だけでなく、個人も縛る異例の中身だ。

米国人が中国の先端半導体の開発・生産に関与することが禁止された。これまで現地に駐在し、中国の半導体産業の発展に貢献してきた中国系米国人のエンジニアが一斉に帰国し始めたと米通信社は伝えている。

ミラー氏によると、半導体産業の特徴は寡占度の高さだ。例えばメモリーは韓国の2社が世界市場の44%を押さえ、プロセッサーによるコンピューティングパワー(計算力)の37%は微細加工に優れる台湾積体電路製造(TSMC)など台湾勢が供給する。

先端半導体の量産に不可欠な製造装置市場を牛耳るのは、オランダASML、米アプライドマテリアルズや東京エレクトロンなど日米欧のビッグファイブ(5社)だ。ハイエンド半導体の設計ソフトは米国がほぼ独占する。

つまりバリューチェーンの要所要所にチョークポイントがあり、そこを差し止めれば中国やロシアに対して技術の兵糧攻めが可能になる。逆に例えば地震や戦争で台湾の先端ファブが停止すれば、それを代替できるプレーヤーは存在せず、世界中に混乱が広がる。米政府が巨額の補助金を投じてTSMCの先端工場をアリゾナに誘致するのも、こうしたいわゆる地経学リスクを軽減するためだ。

半導体が世界秩序の形成に無視できない役割を果たすなかで、日本としても諦めるわけにはいかない。例えば富士通がスーパーコンピューター「富岳」用に開発した専用プロセッサーの「A64FX」は高性能と低消費電力を両立した。富岳が世界のスパコン番付で今も最上位にランキングされるのも、このプロセッサーの優れた設計コンセプトに負うところが大きい。

「日本の半導体は衰えたといわれるが、まだ強みはある。巻き返しは可能とあえて楽観している」とA64FXのシステム開発を指揮した同社の草野義博グループディレクターはいう。半導体をめぐる官民挙げた総力競争。日本の意思と能力が問われている。