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美術市場、デジタル化の光と影 NFTアートは乱高下

ニューヨーク近代美術館(MoMA)が14日、米オークションハウス大手サザビーズで収蔵品の一部の競売を始めた。落札額は計7000万ドル(約100億円、サザビーズ推定)規模で、デジタル事業拡大などへの投資に充てる。注目を集めたのはMoMAが投資先の案として非代替性トークン(NFT)の購入を挙げたことだ。

 

MoMAの出品リストにはルソーやミロら著名作家の作品が並ぶ。ピカソ「テーブルの上のギター」は3710万ドルで落札された。MoMAのグレン・ロウリー館長は「我々の購入がNFTへの『お墨付き』のように受け取られるとの認識はある。だが、そのために関与を避けるべきだとは考えていない」と説明した。

MoMAがNFTに関わるのは初めてではない。同美術館は2021年、トルコ出身の米在住作家レフィーク・アナドール氏に、所蔵品のデジタルデータを提供。同氏は13万件を超える作品データを人工知能(AI)に読み込ませ、数百点のデジタル抽象画を制作した。完成した作品のNFTを売り出したところ、一部は20万ドルの値がついた。MoMAはNFT販売額の17%、転売額の5%を受け取る契約を交わしていた。

米国の美術館は8割がNPOで、入館料や寄付金が運営資金の柱だ。新型コロナウイルス流行に伴う開館制限で多くの美術館が資金不足に悩み、従業員の解雇を余儀なくされた。特に観光客の多いMoMAの入館者数も、コロナ前の年300万人から21年には165万人に急減した。

新たな収益源の開拓が求められるなか、美術館はデジタル化を積極的に探り始めた。メトロポリタン美術館やホイットニー美術館は、インスタグラムやユーチューブで学芸員が所蔵品について解説する動画などを拡充した。新型コロナ禍で来館が難しくても、デジタル化で美術に接する機会を増やし収益拡大につなげる狙いだ。

美術館のデジタル化の取り組みは、美術市場でデジタルアートの存在感が高まった時期に重なる。21年3月、米国人作家Beepleの作品のNFTが6930万ドルで落札されたのが発端だ。

デジタルデータは無限に複製できる。しかしNFTはデータ改ざんが難しいブロックチェーン(分散型台帳)技術で、オリジナルか複製かを区別できる。デジタルアートを世界に一つしかない「一点もの」にすることで、人気に火が付いた。20年に3000万ドル規模だった美術・収集品関連のNFT市場は21年に111億ドルへ成長。MoMAはデジタルアート作家との協業や作品購入を検討するチームを新設した。

2022年1月に開館したシアトルNFTミュージアム

米西部ワシントン州シアトルで1月、世界で初めてNFTに特化した「シアトルNFTミュージアム」が開館した。ピクセルや小さなブロックで構成する作品を展示し、点描技法やモザイク画の流れから見る企画展などを開いた。共同創立者ジェニファー・ウォン氏は「販売目的に縛られない展示を可能にした」と説明する。

ただNFTアート市場は不安定だ。7月、米NFT投資家がメキシコ人アーティストの作品に火をつける動画を投稿する「事件」があった。投資家は米メディアで「NFTを売り出すには耳目を集める必要がある」と炎上を正当化し、燃えた作品のNFTを4000ドルで1万件売り出したが、販売は数件にとどまったもようだ。

中国でも今夏、NFTアートの先行きを案じさせる騒動が起きた。8月、中国のネット大手、騰訊控股(テンセント)系のNFTアートアプリ「幻核」が商品の新規発行を停止すると発表した。これを境にNFTアートアプリの停止や返金騒ぎが連鎖した。

中国ネット企業は米国などでのNFT市場の活況を背景に、21年ごろからNFTアートを販売するアプリを相次ぎ投入した。中国当局は金融システムの不安定化などを懸念して暗号資産(仮想通貨)の決済を禁じており、NFTアートアプリも表向きは転売禁止だ。ただ別の売買仲介アプリと連携すれば可能になるという抜け穴を築き、投機が過熱した。

テンセントの撤退で中国NFTアート市場は暗転した。中国メディア財聯社の集計では9月に21社が業務中止などを迫られた。財通証券によると5月下旬に1日平均2000万元強(約4億円)あった中国のNFTアート発行額は11月上旬に約4分の1にしぼんだ。

美術館にとってデジタル化はバブルか福音か。投機マネーに踊らされず、アート市場の裾野を広げられるかどうかがカギになる。

(ニューヨーク=西邨紘子、広州=比奈田悠佑)

<Review 記者から>美術館、求められる社会還元

MoMAがアーティストのレフィーク・アナドール氏と協働したプロジェクトは、デジタル化の取り組みとして画期的だった。人工知能(AI)によるアートの「制作」にとどまらず「創造」させる可能性を追求したからだ。

コロナ禍を経て入館者数や収入を大きく減らしたミュージアムにとって、デジタル化はもはや避けて通れない。デジタルネーティブと呼ばれる世代を中心に新たな観客、コレクター、パトロンを開拓しようと世界の主要美術館がしのぎを削る。なかでも急成長するNFTは注目の的だ。英国の大英博物館は葛飾北斎や同国の巨匠ターナーの作品をデジタル化し、NFTで販売。イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館も同様にミケランジェロの代表作「聖家族」を販売した。しかしNFTが大量の二酸化炭素(CO2)を排出、相場が不安定で投機性が高いことなどを問題視する声もあがる。

ミュージアムは人類の貴重な文化財を扱う非営利の公的組織だ。人間の創造性を刺激し、はぐくむ場としての役割も持つ。活動資金をまかなうためとはいえ、所蔵品をデジタル化し、販売するだけでは従来の版画となんら変わらない。単なる資金稼ぎ以上に、NFTを創造的、発展的に活用し、社会へ還元することが求められる。

MoMAのSNS(交流サイト)フォロワー数は世界のミュージアム最多の1300万人。デジタル化で最前線をいく同館が今回手にする資金の行方に注目したい。

(編集委員 窪田直子)

NFT

 Non-Fungible Token(非代替性トークン)の略。トークンとは英語で「印」や「証拠」を意味するが、コンピューター用語ではデータを区別する「識別子」を指す。改ざんが難しいブロックチェーンで識別子を管理することで、データが複製ではないことを証明できる。複製が容易なデジタルアートの「オリジナル」としての価値を示すことが可能だ。NFTアートは、同じくブロックチェーンを基盤とした暗号資産(仮想通貨)で取引されることが多い。仮想通貨自体の値動きが大きく、NFTアートの相場も安定していないため、投機性の高さも指摘される。ただ一般的な芸術品であっても、将来の値上がりを期待した投機的な取引は存在する。