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アジア開発、沈む陸地 12億人に水害リスク 取水・採掘…成長に代償

異常気象や温暖化による海水面の上昇も相まって、アジアの全人口の約3割を占める12億人が洪水などの危険と隣り合わせで生活する。世界経済の成長をけん引するアジアでの水害リスクの高まりは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後の経済回復にも影を落とす。

10月上旬、タイを南北に流れる大河、チャオプラヤ川が氾濫し、首都バンコク近郊で寺院や住宅が浸水した。大人の腰の高さまで水につかった地域もあり、住人のデーンさん(55)は「例年の2~3倍の高さだった」と振り返る。

近年、大規模な水害がアジア各地で発生するのは偶然ではない。米ロードアイランド大大学院の研究チームが2015~20年の世界99都市の地盤沈下の速度を人工衛星を使って測定したところ、上位20都市のうち17都市がアジアだった。最大は中国・天津の年52ミリ強で、ジャカルタ(34ミリ)やバンコク(17ミリ)といった東南アジアの主要都市も軒並み上位に並ぶ。

 

 

 

同大大学院のマット・ウェー准教授は「対策を講じなければ多くの地域が想定以上に早く大規模水害に見舞われる」と警告する。地球温暖化の影響で海水面が年間2ミリ強上昇しているが、地盤沈下は5~20倍も速いペースで進む。

地盤沈下は急速な都市化を背景に、生活用水や工業用水として地下水が過剰にくみ取られることで起きる。アジアの大都市の多くはもともと沿岸や河口の低地にあり、年数センチ程度の沈下でも放置すれば浸水被害が拡大する。

開発目的での河川などの土砂の過剰採取なども沈下の一因として指摘されている。タイ地理情報・宇宙技術開発機関のアーノン・エグゼクティブディレクターは「沈下の原因を見極めて効果的に対策しなければ、より深刻な結果を招く」と話す。

 

 

 

ジャカルタは面積の6割以上がすでに海水面以下の「ゼロメートル地帯」とされている。世界銀行は対策をしなければ、「ジャカルタ北部は25年までに海面下4~5メートルまで沈下する」と指摘する。

水害への脆弱性は政情不安を抱えた低所得国ほど高い。世銀のシニアエコノミストらが6月に発表した報告書では、世界で水害リスクにさらされている人の数は18億人超にのぼり、そのうち7割にあたる約12億4000万人は南・東アジアに集中する。

経済損失も年々深刻化している。世界気象機関(WMO)によると、洪水や豪雨など気象関連災害の被害額は10~19年に1兆3810億ドル(約193兆円)と、2000~09年に比べて5割近く増えた。

パキスタンでは6月中旬以降、国土の3分の1が水没し、3300万人が被災した。被害額は400億ドルに上り、「史上最悪の大洪水」(レーマン気候変動相)となった。バングラデシュや中国、インドでも数十年ぶりの降雨量で100人以上が死亡した。世銀は「復興支援が行き届かない貧困地域が被災すれば影響は長期に及ぶ」と分析する。

地盤沈下の抑制には政策的な手段が有効だ。東京では高度経済成長期の1950~70年代に世界的にも速いペースで沈下が進んだ。年20センチ(200ミリ)強の沈下を記録した地点もあったが、法律や条例で地下水の取水制限を導入したことで沈下をほぼ抑えた。

リスク軽減に向けて荒療治に乗り出す国もある。インドネシアは24年から、首都機能をボルネオ島東部の新都市ヌサンタラに移転する。移転理由のひとつに首都ジャカルタの深刻な地盤沈下を挙げた。

アジアが持続可能な成長を続けるためには、地盤沈下を防ぎ、水害に強い都市を作ることが急務となる。

 

(バンコク=井上航介)