· 

偏差値で選ばない中学受験 保護者求める「生き抜く力」

中学入試のシーズンが近づいてきた。受験先を絞り込んでいる児童と保護者は多いのではないだろうか。これまでは偏差値や進学実績から受験先を選択することが当たり前だったが、安田教育研究所の安田理代表は、変化が激しい社会情勢を映して学校選びの基準も変わってきたと指摘する。

模擬試験の受験者数や学校説明会の参加者数などの状況をみると、中学受験者数は2023年も増加して9年連続増となりそうな状況にある。

特に新型コロナウイルスの感染拡大によって、公立学校では設備の都合などで十分にオンライン授業を実施できなかったケースも多かった。「学びの保証」という点で、私立が優位であるとの印象がより強まったため、私立中学を受験しようという人たちが足元で目立っている。

ただ、志望校について探ってみると、以前は付属校を含めた大学への進学実績や偏差値が判断する際の主要指標だった。ここへきて社会に出て長く働くことまでを視野に入れて検討する保護者が増えているように感じる。

保護者たちからの相談を受け浮かび上がるのは「VUCA」(ブーカ=変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代とも表現される先が読みにくくなっている社会情勢。人口減少は進み、円安の進行で日本の国力は低下していく可能性があり「わが子が巣立つ時代には今よりずっと厳しい世の中になる」と考えているようだ。

そうした時代を生き抜く力を培える学校に関心が集まっている。その「力」は大きく2種類ある。実社会で生かせる「スキル」と、創造性や感性といった「人間力」だ。

スキルでいえば、STEAM(科学、技術、工学、芸術、数学)分野が注目されており、中でもプログラミングなどのIT(情報技術)に力を入れている学校を進学先として検討する保護者は多い。STEAM分野は世界共通で活用できる能力ともいえるだろう。

その上で、海外でコミュニケーションツールとなる語学について保護者たちは読み書きに加えてスピーキングも重視するようになっている。

当たり前のように国境を越えて人が行き交うようになり、話す能力は必須となっているものの、大学入試で問われることは現状でほとんどないため、授業で手薄な学校は多い。スピーキング力を磨ける学校への需要は高まっている。

また課題解決型の授業を重視する学校も人気が高まっている。環境問題などテーマを設定し、グループワークやディスカッションなどを経てプレゼンテーションをするといった形で授業を進めていく。

「人間力」という観点では、感受性の強い10代こそ生きていく上での精神的な支柱を築きたいという保護者の思いが背景にある。今の子どもたちは、70歳ぐらいまで働く時代を生きることになり、スキルだけでは充実した人生は歩めないとみている。

例えば、生徒たちが日ごろ感じたことをお互いに話したり、つづったりして自分自身と向き合う「感話」という時間を設けている学校や、仲間とともにフィールドワークを行って協働することを学ばせている学校もある。

スキルと比べると人間力は抽象的で、数字で比較できるようなものではないため、どの学校が良いか分かりづらいかもしれないが、校長の話や学校のホームページの記述などから読み取ってもらいたい。

ここまで保護者の視点でみてきたが、あくまで学校に通うのは子どもたち。学校選びにおいて心がけてほしいことを3つ伝えたい。

まずは生きる上で「大切と考えること」を子どもと話し合っておくことだ。肝心なことを明確にしておけば、本命校が不合格となった場合でも他の学校の中から迷わずに入学先を決められる。

次に「本人にとって何が良いのか」ということを忘れてはいけない。これから受験校を決めるにあたって情報を集めたり、周囲と相談したりすると様々な思いが交錯し、迷いも生じるに違いない。だが、他人の声や評価で受験先を選んではいけない。

そして必ず本人の意思を尊重すること。保護者が熱心に受験に参画していると、詳しくなるあまり、本人よりも先を歩いてリードしがちになって、保護者が受験校を決めてしまうことがある。

「本人の何が何でもこの学校に入りたい」という意欲がボーダーラインを超えさせる1点につながることがある。本人の意見を聴き、自分で決めたという経験をさせてほしい。

中学受験は親子の絆を強めることも、断絶させることもある。理性とともに温かく優しい気持ちを持って、本番に向かって一緒に歩んでいただきたい。

安田教育研究所・安田理代表
やすだ・おさむ 早稲田大卒。大手出版社で雑誌の編集長を務めた後、受験情報誌や教育書籍の企画や編集を手掛け、幅広く教育に関する調査・分析を行う。2002年に安田教育研究所を設立。