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アマゾンも狙う「すまほ」

日本のIT(情報技術)や家電の大手が様子見しているせいか、国内では注目度が低いスマートホーム機器の共通規格「Matter(マター)」。スマートフォンの普及で形づくられた現在の「人とテクノロジー」の関係を変える節目かもしれず、無視できない。

11月上旬、オランダで有力企業が取り組みを発表し、この規格は本格始動した。マター対応の機器同士なら複雑な設定なしにつなぎ、連動させて使える。照明や空調、スマートスピーカーから監視カメラ、ロボット掃除機まで対象は広がる。当初から認証製品(予定を含む)は190に上った。

英社の主要品目調査によると、スマートホーム機器の世帯普及率が高いのは46%のスペイン、43%のシンガポール、39%の米国だ。欧州では3分の1の世帯が1年以内に買う予定がある。家のなかの作業効率を高めてコストや時間を節約し、インフレ下の生活を良くしたいとの思いがにじむ。

マターの推進企業リストには米中韓の大手の名が並ぶ。米アマゾン・ドット・コムは筆頭格だ。

電子書籍端末から動画関連の製品、スマートスピーカー、セキュリティー装置、ロボットなどへ手を広げてきた。日本で機器販売を始めてから10年たつ。次は何に力を注ぐか。この問いにデイブ・リンプ上級副社長は「アンビエント・インテリジェンス」と答える。

直訳すれば「環境知能」だ。さまざまな製品を連携させ、人工知能(AI)なども使って状況を判断し、人の手を煩わせず必要な作業を自動でこなす。例えば、人の生活リズムを学んで照明のオンオフをする。睡眠パターンをつかみ最適なタイミングで起こす。離れて暮らす年老いた親をさりげなく見守る。そんなイメージだ。

「居間に行くと子供たちがスマホをのぞきこみ、耳はイヤホンでふさがれている。そうではなく家族との時間を増やしたい」。リンプ氏は話す。追い立てられるように画面に向かうのではなく、家族と過ごす余裕を持てる製品やサービスでリーダーの座を狙う。

極度なスマホ依存への違和感は同氏だけのものではないはずだ。博報堂DYメディアパートナーズの2022年調査(東京の15~69歳の男女が対象)によれば、メディア総接触時間は1日445.5分。うち「携帯電話・スマホ」が33%を占め、テレビを逆転した。

スマホを使う目的はいろいろでも、人の注目や関心を引いて利用時間や回数を稼ぎ、SNS(交流サイト)などの運営企業が利益を得るアテンションエコノミーの影響からは逃れにくい。便利なはずのテクノロジーが人から時間を奪い負荷をかける現実がある。

 

 

 

そろそろ脱却し、次の段階へ。そう考える会社は日本にもある。

07年に創業し、家庭用ロボットを手がけるユカイ工学(東京・新宿)は「住み慣れた環境の知能化」が進むと予想している。

「スマホは人と人をつないでいるようで分断しているのではないか」。創業者の青木俊介代表はかねて問題視し、ロボットを人とテクノロジーの接点と位置づけてきた。動く尻尾がついたクッション型や赤ちゃんがするような甘がみを体感できるロボットで話題をさらうが、それだけではない。

心身の動きが弱くなるフレイルを防ぐため、高齢者に話しかけ運動を促す。薬の飲み忘れを知らせる。子育て中の人に孤独や不安をやわらげる言葉を発し、夫婦間の結びつきも強める――。どれも音声メッセージの送受信などができるユカイのロボットがあちこちの家で担っている役割だ。

青木氏が注目する名古屋大学の研究がある。小さな人型ロボットが車のダッシュボードに乗り、走行速度や一時停止の注意をドライバーに呼びかけて安全運転に導く試みだ。同乗する家族に言われると反発するドライバーもロボットの指摘は聞き入れ、運転が丁寧になる傾向があるという。

田中貴紘特任教授は「ロボットからの注意喚起や助言は事実に基づき、自分を嫌いなわけでも意地悪をしているわけでもないとドライバーは受け入れる」とみる。

うまく使えばロボットは人に働きかけ、モチベーションアップや行動変容の役に立つ。青木氏はそういう思いを強めている。スマホの性能と違って、ロボットの持ち味は数値化しづらいが「そこが面白い」。他社の製品と連携しやすいよう自社ロボットのマター対応も計画する。

 

 

 

人とテックの関係を修正する糸口はロボットに限らない。それを見いだして製品、サービスとして世に問う。次なる競争だ。

電子情報技術産業協会(JEITA)の統計をみると、IT機器や家電、サービスの世界生産額で日系企業のシェア下落が止まらない。11年は19%だったが22年には10%を割り込む。

スマートホームは潜在市場が巨大なだけでなく、どんなテック社会を築くかの哲学や価値観の議論にも関わる。この大事な局面で日本の産業界からの発信・発言が弱いままでいいとは思えない。

スマートホームも日本式に縮めれば「スマホ」だ。住まいでほっとできる環境を、との期待を込めるなら表記は「すまほ」だろうか。字面に反し競争はゆるくない。デジタル技術に加え、深く人を理解する力がなければ心地よさは提供できない。膨大なデータの高速処理で絶えず情報を送り、反応せよと人に迫るスマホより、よほどハイテクで挑戦しがいがある。