財務省は所得が年間数億円を超える人を対象に税負担を引き上げる検討に入った。所得の種類にかかわらず公平な仕組みとして、所得総額に対して一定の税を求める案がある。政府が進める創業支援に逆行しない設計が必要になる。
逆転現象は所得ごとの税率の違いで生じる。給与は高額になるほど税率が上がる累進制で、所得税の最高税率は45%だ。分離して課税する株式や土地・建物の売却益の所得税率は一律15%。株式などの売却が多いほど税負担が低くなる。
財務省が10月上旬の政府税制調査会(首相の諮問機関)で示したデータによると、所得税と社会保険料の負担率は所得5千万超~1億円の層で28.7%と最も高い。所得5億超~10億円は21.5%、50億超~100億円では17.2%となり、300万~400万円の17.9%より低くなる。
統計上は1億円を境に負担率が下がる。財務省は「1億円の壁」と表現し「不公平感を是正する必要がある」と説明する。
政府・与党は年末にかけての2023年度税制改正で課税強化を議論する。自民党の税制調査会幹部はここ数年で所得格差が開いたとの問題意識を示し「きちんと議論したい」と語っている。
23年度改正では防衛力の抜本的な強化にむけた財源確保策として幅広い税目が検討される見込みだ。1億円の壁の是正もこの議論と連動する可能性がある。
限られた富裕層には合計の所得額に一定の負担を求める案が出ている。所得5億円以下の層は土地・建物の売却益が多い。不動産は保有時に固定資産税がかかることを考慮し、株の売却益が多い5億円超を対象にすべきだとの意見がある。
与党幹部には10億円超を選択肢に挙げる意見もあり、線引きは今後検討する。給与所得が大半を占める人など、すでに高い税を負担している場合は負担が重くなりすぎないよう調整する案もある。

財務省の分析では、20年に所得1億円を超えた納税者は1.9万人で所得総額は5.6兆円。このうち非上場・上場株や土地・建物の売却益など税率の低い所得が6割だった。3割を占める非上場株の売却益は、同族企業のオーナーやスタートアップの創業者などごく限られた人が得ている。
見直しには金融所得課税との関係を整理する必要がある。株売却益などの課税強化は幅広い層に影響が及ぶ。岸田文雄首相は21年の就任直後に金融所得課税の強化を掲げたものの、市場の警戒感が強まり取り下げた。
スタートアップ支援は首相が掲げる「新しい資本主義」の重点分野だ。非上場株への実質的な課税強化につながれば、スタートアップの創業意欲をそぐ恐れもある。政府は新興企業の成長を促す税優遇策も検討する。
23年度税制改正では中間層の所得倍増に向け、積立型の少額投資非課税制度(NISA)の投資枠や期間を拡充する方向だ。所得格差に目配りし、幅広い所得層の資産形成を促す両輪での対策が大きな焦点となる。
社会保障費の増加や新型コロナウイルス禍、物価高への対応で政府の債務残高は膨らみ続けている。財政健全化へ消費税や所得税の税率を引き上げる議論もいずれは避けて通れない。そのためにも税の公平性、公正性への信頼を高める取り組みが欠かせない。
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