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代ゼミ代表、予備校の支援「社会人にリテラシー試験」 金融教育を考える(3) SAPIX YOZEMI共同代表に聞く

予備校も金融教育の担い手になり得るとの目算があったが、金融機関出身でもある高宮敏郎共同代表は「マネーゲームを助長している」との批判を恐れ、参入を見送った。民間の教育機関として金融教育にどう関わるのか。連載3回目は高宮氏に聞いた。

(聞き手は金融エディター玉木淳、岩田夏実)

――政府が金融教育を進めることをどう受け止めるか。

「金融教育を学校教育の中で取り入れるのは難しいところがある。習っていないことを教える教員側の課題だ。家庭科で教える全体のボリュームのうち数ページにすぎない。教えることが次から次へ追加されていく現実もあり、成り手の問題が立ちはだかる最大のテーマだ」

「教えることができる人材を確保しようとすると、金融機関に頼るしかない。全国には銀行員が約27万人もいる。これは中学校教員(約25万人)、高校教員(約23万人)より多い。学校の数は小学校が約2万、中学校が約1万、高校が約5000なので、十分教育を提供する体制はカバーできる。支店を統廃合する報道を目にすると、銀行員のキャリアとして金融教育を考えることができる」

「ただ、課題はある。そもそも金融機関では『セールスのための教育』になってしまう。受験業界の視点で言えば、金融教育を共通テストに入れれば普及するという画一的なやり方は現実的ではないと思う。限られた時間の中でやろうとすると受験テクニックに走る」

――どういうアプローチが望ましいのか。

「一つ解決策はある。米国の早期履修制度『アドバンスト・プレースメントテスト』、通称APプログラム(注:高校生が大学レベルを先取り学習する早期履修プログラム)だ。全員が受けるものではないオプショナル科目を作り、得意な子が+αで興味を持っている分野を青天井なくやっていいよと言ってあげる仕掛けだ。日本においても入試における一つの物差しになる」

「コンテストやオリンピックがあってもよいと思う。東京大学が2016年に推薦入試を始めたが、国際科学オリンピックのメダルなどが要件とされた。当初、メダリストは一部の進学校が合格者を独占していたが、今では多様化している。物差しが増えた効果だと思うが、多くは理系だ。経済学部の推薦入試にこういった物差しが導入されれば、いっそう経済学部を志す生徒も増えるのではないか」

――教育界の中で金融教育を進めると現実的な課題が多い。

「驚いたのは金融庁が出したペーパーだ。国際金融都市をつくるときに『良質なインターナショナルスクールを誘致せよ』と提言した。これがきっかけで私のところにも誘致話が持ちかけられるようになった。先日、国際金融都市構想を掲げる小池百合子東京都知事とも情報交換した。外資系金融機関が日本進出後も子弟がしっかり教育を受けられる環境をつくれば、海外の進んだ金融教育が参考になるのではないか」

「海外は成功した人にお金が集まるエコシステムができているが、失敗してもやり直すチャンスもある。日本は失敗した後は次がなかなか見えにくくなる。減点方式の入試制度がそれをつくり上げており、間違ったところを消しゴムで消すよう教育しているところに原因がある。間違えたことを恥ずかしいことだと幼少期からすり込むところから変えないといけない。金融教育は資本主義教育の面もある」

――民間法人として支援できるものはないのか。

「実はSAPIXで金融教育を推進することを検討したことがある。誰が教えるのかという問題もあったが、マネーゲーム化を助長していると批判を受けるのではないかと考え、断念した」

「我々がアプローチできるとしたら『資格試験』だ。たとえば一般の社会人が必要に応じて金融リテラシーの試験を受け、1級、2級を取るようなものだ。私も金融機関の方とEB債(他社株転換可能債券の略で仕組み債の一種)の話をするときがある。収益を上げろとプレッシャーを受けているのだろうが、個人投資家へのリスク説明が不十分なのではないか」

――金融の技術革新に応じて必要な教育水準も変わってくる。

「仮想通貨(暗号資産)が登場し、金融教育は一段と難しくなると思う。我々世代は銀行に入行すれば札勘(注:紙幣の枚数を数えること)を経験し、手に取って金銭感覚を肌で感じる機会もあった。日銀が仮想通貨を発行する時代になればどうなるのだろうか」

「金融教育はハードルを下げればマネーゲームになってしまう。中毒性が高いのでデイトレーダーのような快感を楽しむ人がたくさん生まれてしまう。レバレッジ(てこ)を掛けることに抵抗感がなくなり、ゲーム感覚になってしまえば恐ろしい世界になる」

「リーマン・ショック後にアメリカのMBAプログラムでは倫理教育が強化された。行き過ぎた市場原理主義の反省だ。金融教育はグリーディー(強欲)な投資家を育成することではない」

高宮敏郎(たかみや・としろう)
1974年東京生まれ。97年、慶応大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入社。2000年4月、祖父・高宮行男が興した学校法人高宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学、05年に教育学博士号(大学経営学)を取得。09年からSAPIX YOZEMI GROUP共同代表(学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長)。SAPIX小学部などを展開する株式会社日本入試センター代表取締役副社長、オンライン英会話スクールを運営する株式会社ベストティーチャー代表取締役社長なども兼務する。