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FIREは甘くなかった 試される個人投資家 試される個人マネー(1)

「こんなはずじゃなかった」。10月末、30代後半の会社員、宮城隼人は苦笑した。

宮城は、働かなくても投資が生む利益で自由に暮らせる「FIRE(Financial Independence,Retire Early)」を夢見ている。2030年ごろまでには実現しようと、昨年夏から米国のハイテク株価指数の動きに対し倍のリターンを目指す投資信託、通称「レバナス」を始めた。当時の株式相場は右肩上がりで「中長期でも上昇が見込めると思った」。

思惑は1年もしないうちに外れた。米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めの姿勢を強めていくと、それまで最高値で推移していた米国株の相場が大きく崩れ、今も株安懸念がくすぶる。宮城は累計で約600万円をレバナスに投じ200万円弱の含み損を抱える。「株式でFIREは厳しいと思い知った」

新型コロナウイルス下の金融緩和によるカネ余りで株価が上昇し、レバナスは個人投資家の間でブームになった。米ナスダック総合株価指数の倍の値動きになるようにレバレッジ(テコ)をかけていることから、レバナスと呼ばれる。相場が上がれば利益も倍になる半面、相場が下げに転じた時の損失も倍になる。

プロの目線は厳しい。「レバナスは中長期の資産形成に向いていない」。金融助言会社、ファイナンシャルスタンダード代表取締役の福田猛は注意を促してきた。それでも流れは止まらない。福田は言う。「株高が長く続くという幻想がある」。個人は米国株上昇への期待を捨てきれない。

「ここで引いたら負ける」。埼玉県に住む40代の派遣社員、松本遥(仮名)はつぶやく。松本は月5万円弱を米国株に積み立て投資する。保有する投信の評価額は下がり、今も1割超の含み損を抱える。「早く老後のための資産を作るために続けなければ」と話す。

2000年代のIT(情報技術)バブル崩壊やリーマン・ショックの時点と比べても米国の株価指数は軒並み高い。だが足元では約40年ぶりの速度で金融引き締めが進み、多くの投資家は経験したことがないような株式相場の調整に翻弄されている。歴史的な株高が転機を迎えたのは確かだ。

短期で資産を膨らませようとする「誘惑」に駆られたのは、日本の個人投資家だけではない。

「経済的な自由を得るために解決策をみつけないといけない」

米ワシントン州出身のテーガン・ヒルは暗号資産(仮想通貨)に投資し、ピーク時の保有額は1100万ドル(約16億円)に達したという。今年に入り、米ドルと価値が連動して値動きが安定するとされた仮想通貨「テラ」の急落などで様相は一変。その後の保有額はピーク時の数%に沈んだ。

仮想通貨は株式と並ぶ緩和マネーの受け皿だった。1年前には市場全体の評価額が3兆ドルを突破した。保守的な運用を好む年金基金も資金を投じ、個人は交流サイト(SNS)にあふれた「もうけ話」に乗り遅れまいと参戦した。今や市場の評価額は3分の1に縮み、鳴りを潜めつつある。

「現金はゴミではない」。米国の著名ヘッジファンド創業者、レイ・ダリオは言う。ダリオはかねて現金をゴミと呼び、資産を現金で持つべきではないと主張してきた。名うての投資家でさえ心変わりせざるを得ないほどの乱気流が続く。

市場のしっぺ返しを受けた個人マネーはどこに向かうのか。株価の上昇期待を持ちにくい人もいる。思いは揺れる。

「退場しないことが何より大事だ」

20代の会社員、高橋良樹はピーク時に180万円あった株式などの含み益が4割減った。昨年の上げ相場ではほぼ全額を株式などに振り向けていたが足元で8割を現金にして守りを固める。「つい個別株を買ってしまった。買い時は今ではない」と悔やむ。

首相の岸田文雄は「新しい資本主義」の核として「貯蓄から投資」を掲げ、少額投資非課税制度(NISA)の恒久化にも動く。年金不安が高まり老後資金を賄うための資産運用は重みを増す。大きく揺れる相場でどう生き残るのか。今は分水嶺だ。(敬称略)

世界的なカネ余りが招いた投資ブームは転機を迎えた。揺れる個人投資家に迫る。