中学や高校で金融教育が必修科目になった。教育の現場では金融教育をどう位置づけているのか。連載2回目は国内の有名大学だけでなく、海外の有力校への進学実績があり、渋谷教育学園幕張中学・高校(通称、渋幕)と同渋谷中学・高校(通称、渋渋)を運営する渋谷教育学園の田村哲夫理事長兼学園長と、渋幕の田村聡明校長に聞いた。(聞き手は岩田夏実、金融エディター 玉木淳)
――教育界における「金融」の位置づけを教えてほしい。
理事長「教育側も金融側も投げかけられている本質を理解し、うまく整理できていない。家計の金融資産と同じくらい国が借金している現実を踏まえると、この武器(金融資産)をどう使うかが日本の命綱のようなものだ。先進国経済を主導しているのは金融資本であり、教育の中へ本格的に金融を取り込ませる必要が出ている。国を挙げて取り組む意味はここにあると思う」

――金融教育を実践しているのか。
理事長「学園長講話という時間を設け、中高6年間で30時間以上、年間テーマに沿って議論している。高校2年生のテーマは『自由』。題材の一つは『アダム・スミス』だ。自由は自己決定、自己選択によってもたらされるもの。自分で決めて自分で行動する原理はモラルが基本になる」
――金融を教える意味は。
理事長「金融教育の基本は道徳教育と結びつけることが核となる。科学技術の発展により格差や貧困環境など様々な社会問題を抱え込み、サステナブルな社会を支えるには金融は逃れられなくなっている。経済活動と深く関わっていることを考えれば、金融教育は若い年代から取り組むべきテーマだ」
「ペリー来航日誌には日本人のモラルの高さが記録されている。航海途上で備品を盗まれることが当たり前だった時代、日本ではそれがなかった。つまり『信用』が存在した。金融技術や原理原則は知っておかないといけないが、自制する教育が大事だ。これは教員にとって得意分野だ」

1958年東大法卒。住友銀行(現・三井住友銀行)を経て学校法人渋谷教育学園理事長・校長に就任。22年4月から渋谷教育学園理事長・学園長。文部科学省中央教育審議会委員など各種審議会委員、日本私立中学高等学校連合会長を歴任。現在、学校法人青葉学園東京医療保健大学・大学院理事長、ユネスコ・アジア文化センター理事長、教員養成評価機構理事長など。
――校長の立場で金融教育をどう見ているか。
校長「中学1年生の面談で『将来の希望』を聞くとお金を稼ぎたいという子も多く、関心は高い。金融なくして社会生活は成り立たず、生活満足度との相関も高い。金融教育は自分の人生を考える重要なキーワードである。単純な投資の方法論や被害に遭わないようにといった注意喚起に終始しているように感じられるのは残念だ」
「中高生にとって、学びは自分事としてとらえることが重要だ。国民にとっても、源泉徴収方式では金融リテラシーは身につきにくい。例えば、国民全員が確定申告方式に切り替えるなど、思い切った個人への具体的な働きかけがないと、金融教育は他人事が続くのではないか。現時点で国の方向性が固まっておらず、試行錯誤が続いていると感じている」
――金融はリスクと背中合わせ。「自己責任」との向き合い方は。
理事長「渋幕・渋渋の特徴的なところは自調自考だ。自分『で』調べ自分『で』考えるという意味だけでなく、自分『を』調べ自分『を』考えるということが大事だ。自己認識。自己認識の上に立った自己肯定感。そこから人生が始まるという段取りになっている」
「経済協力開発機構(OECD)が出した『student agency』(次世代の能力開発を目指した『OECDラーニング・コンパス2030』に盛り込まれた概念)は基本的人権を成り立たせる人格的自律権という。金融教育はこの範疇(はんちゅう)に入る非常に重要なテーマで、世界から逃れられない金融だからこそ、これを基本に据えた金融教育を考えてほしい」

1991年慶大経卒。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、2003年渋谷教育学園幕張中学校・高等学校副校長に就任。22年4月より同中学校・高等学校校長。現在、学校法人青葉学園東京医療保健大学・大学院副理事長、学校法人幕張インターナショナルスクール理事など。
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