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「革命的な変化」は期待できず デジタル金融の実相 ケルビン・ロー シンガポール国立大学教授

2008年秋に、暗号資産(仮想通貨)ビットコインの誕生のきっかけになったとされるサトシ・ナカモトの論文が発表されてから約14年となる。この論文は長い間もてはやされてきたものの、普通の人の生活には結局ささやかな影響しか与えなかった。

この論文を振り返るにあたり、暗号資産の世界で最新の流行となった非代替性トークン(NFT)の動向を見ておくといいだろう。NFTという言葉は21年に華々しく世間に知られるようになった。だがNFTの取引量は22年初めから97%も減少している。それでも売り手は全くひるまず、トークン化がいかに有望かをしきりに強調している。

トークン化とは図が示すように、現実世界の資産の「代用品」である。ブロックチェーンに裏付けられた分散型台帳への記録もトークン化の原理自体は変わらず、要するに帳簿記入のしゃれた言い方だ。

トークン化には様々なメリットがあり、多くの産業の慣行に革命をもたらすといわれている。いくつか挙げてみよう。

第1に、美術品や不動産など高額の資産を分割して多くの人にアクセス可能にする。第2に、不要な仲介者を排除するいわゆる「中抜き」によりコスト削減を実現する。第3に、ブロックチェーンに裏付けられた安全な分散型台帳によりセキュリティーを強化する。第4に、ブロックチェーン上では「スマートコントラクト」を実行できるので、契約の管理・実行の自動化が実現する。第5に、ブロックチェーン上(オンチェーン)での取引はすべてブロックチェーンに記録され改ざん不能のため、透明性が確保される。

トークン化に所有権を証明する能力があるのかどうかは明らかに問題だ。多くの法制度はトークンによる所有権の登記を認めておらず、たとえ法的に有効な台帳であったとしても所有権を証明する能力はないからだ。しかしこの問題はここでは論じない。本稿では、仮にどこかの無謀な国がトークン化を法的に有効と認めた場合におけるトークン化の「利点」と言えるものを考えてみたい。

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第1の分割に関しては、ある資産の所有権の分割をトークン化に頼る必要があるのかどうかははっきりしない。ごくわずかな例外を除き、ほとんどの法制度は共同所有に制限を設けていない。1頭の競走馬の所有権を1000人が共有したいと希望したら、合法的にそうすることができる。ただし、その資産の運用や使途について1000人の意見が一致しないときどうするかという実際的な問題は解決が難しい。

またほとんどの法制度は直接的な共同所有のほか、分割を可能にする様々な形式を認めている。例えば企業経由の間接所有や、不動産であれば不動産投資信託(REIT)という形もある。しかしどのような形で分割するにせよ、共同所有者間の意見の不一致の問題は残る。ブロックチェーンはこの問題を解決する特効薬ではない。

第2の中抜きに関しては、現時点では可能性にすぎず、実際に仲介者の排除が実現する可能性はほとんどないだろう。そもそも金融における仲介者を、何もプラスをもたらさない単なる寄生者と片付けるのは無知と言わざるを得ない。例えば証券市場では仲介事業者が様々な役割をこなし、市場の需要に応えて発展してきた。暗号資産の世界でも、初心者の投資家は仲介者経由での投資を選ぶだろう。そうすれば暗号資産の安全な保管をその道のプロに委ねられるからだ。

第3のセキュリティーに関しては、データ保護目的でのトークン化によっては確かに安全性が強化されるだろうが、逆に資産のトークン化は安全上のリスクを引き起こす。ブロックチェーンにより担保される安全性は、事後的な台帳の改ざん防止、すなわち変更不能性というごく狭い範囲に限られるからだ。不正の手口に疎い人たちは、やがて不正の大半が台帳ではなく自分たちを標的にしていたのだと気づくだろう。従って台帳の安全性ばかりを重視するのは、明らかに大局観を欠くものだ。

さらに問題なのは変更不能であるため、不正があったとしても訂正できないことだ。利用者に対する不正があれば正すのが普通なことなのに、それができないというのは問題だ。

第4のスマートコントラクトの革命的な潜在可能性についても疑問符がつく。スマートコントラクトとは端的に言って、契約の自動化を売り込む巧みな表現にほかならない。そもそも多くのスマートコントラクトは適法契約ではない。それに、自動化は商業的にも法的にも目新しいものではない。スマートコントラクトで目新しい点といえば、複雑な契約を自動化する可能性を巡って熱狂を生み出していることぐらいだ。

そのうえ自動契約が複雑になるほど、必要なコードの行数が増えるため、入り込むバグが増える。暗号資産の世界で、合法・違法を問わずあらゆる形式のスマートコントラクトがハッカーの標的となるのも当然といえよう。

事態をさらに悪化させるのは、ブロックチェーンの変更不能性だ。ブロックチェーンの変更不能性はスマートコントラクトの中にバグを閉じ込め、その契約が生きている限り、誰でもそのバグを攻撃することを可能にする。

第5の透明性に関してはどうだろうか。ブロックチェーンは透明性が高いとよくいわれるが、そこには2つの問題点がある。

Kelvin Low シンガポール国立大卒、オックスフォード大卒。専門は財産法、エクイティと信託

1つ目は、透明といえるのはオンチェーンで行われる取引だけであり、他の大半の取引は取引所など仲介事業者の非公開の台帳上で発生していることだ。このところ暗号資産の仲介事業者が相次いで破綻し、この問題が浮き彫りにされたものの、こうした台帳は基本的に利用者からはアクセスできない。

2つ目の問題点は、オンチェーンの取引は透明ではあっても匿名であるということだ。台帳に記録された取引を追跡すること自体は困難ではないものの、公開されたアドレスと現実の個人を結びつけるのは極めて難しい。実際に捜査当局は、ネット上にはびこる各種の不法サイトの運営者を特定することに大変な労力を要している。こうした事例から、公開アドレスから大規模に個人を特定することはほとんど不可能だと考えられる。

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最後に、このところのNFTブームに先立って、トークン化がしきりに売り込まれていたことを指摘しておきたい。

 

以前のトークン化と現在のNFTの違いといえば、暗号資産イーサリアムなどの適切なブロックチェーンでNFTを使えば固有のブロックチェーンを生成する必要がないことだけだ。結局のところ、トークン化はそれほど定着しなかった。ここへきてのNFTの急減ぶりを考えると、NFTが革命的な変化をもたらすことができるのか、はなはだ疑わしい。