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「30億円で物件買うよ」TSMC進出の熊本、外資うごめく シリコンアイランド マネー攻防(上)

1兆円規模で建設を進める同社の工場や設備だけでなく、関連産業やインフラ、そこで働く人々の住宅なども含めた資金需要は膨大だ。めざとい海外投資家はすでに触手をのばし始めた。

 

「20億~30億円の用意がある。売却予定の物件を紹介してほしい」。コスギ不動産ホールディングス(熊本市)の小杉竜三取締役は、今春突然訪ねてきた40歳代のアジア系投資家のことを振り返る。聞けば台湾でTSMCが工場を建設した地域の周辺の地価は必ず上がるという。熊本でも同様になると予想しての動きだった。その投資家の知人はすでに熊本市内でマンションを1棟買いしたのだという。

「利回りなどではなく、まず金額ありきなのは初めての経験だった」。熊本で数十億円規模の売り物件が出ることはまれなため最終的に契約に至らなかったが、小杉氏は「とても積極的で行動も早い印象だ」と舌を巻く。熊本の不動産業界では海外の投資家や企業が物件を購入したとか、ゴルフ場を探しているといった噂話でもちきりだ。

TSMC進出による熊本県内への経済波及効果は2022年からの10年間で4兆3000億円――。肥後銀行を傘下に持つ九州フィナンシャルグループは9月、独自の推計値を公表した。笠原慶久社長は「新たな進出が続けば、経済効果はさらに大きくなる」と期待する。

推計によると、TSMCの工場建設への投資は9321億円、操業後の生産高は5年間で2兆円あまりにのぼる。さらに新工場に関連する企業も含めると約7500人が雇用され、県外からの進出や既存企業など約80社が工場を建てたり設備を増強したりすると見込む。工業団地開発や労働者の住宅設備などの投資も呼び込み、6兆3000億円規模の県内総生産(GDP)を年平均で2000億円程度、約3%押し上げると予測する。

マネーの流れは不動産投資にとどまらず、すでにものづくりの現場にも及んでいる。

「経営権を買い取りたい」。熊本県のある半導体関連企業トップは、台湾企業の代理人を名乗る人物から提案を受けた。その企業は熊本周辺に手早く拠点を設けたい様子で、TSMCの工場予定地に近い企業を訪ね回っていたようだ。「急いでいるからか、こちらのことをきちんと事前に調べていない。もちろん断った」と打ち明ける。

TSMC進出を契機に台湾とのつながりが深まる中、新たな商流に乗ろうと進出を考える海外企業は少なくない。商工中金熊本支店の津渡直人支店長は外資が企業買収に動くのは「進出したくても県内に工業用地はあまり残っていない。今あるところを買った方が早いからだろう」と分析する。

海外企業との窓口役のひとつである日本貿易振興機構(ジェトロ)の福岡貿易情報センターによると、企業名は非公表だがすでに台湾2社の熊本への進出が固まったという。台湾企業からの相談は非常に具体的なもので、話は急ピッチでまとまった。同センターの森則和所長は「TSMC進出を契機に問い合わせも増えてきた。雇用をはじめとして、九州は今大きなチャンスの中にある」と話す。

一方、地元企業は外資の動きに対応を急いでいる。

「外資が買収を持ちかけてきたり、土地や建物をほしがっていたりといった情報があったら共有してください」。熊本県工業連合会の田中稔彦会長は24日、役員会に集まる地元経営者ら約50人に呼び掛ける考えだ。

かつてシリコンアイランドが輝きを失い海外勢が飛躍した裏には、国内から人材やノウハウの流出があったとされる。田中氏は「外資が悪いわけではない。だが、気づかないうちに困ったことにならないようにする必要がある」と身構える。

長期化が見込まれる円安傾向も追い風に、海外マネーが九州に押し寄せる。彼らの力を取り込んでシリコンアイランドを復活に導けるか、それともただ利益を持ち出されるだけに終わるのか。九州は大きな転換点に立っている。(近藤康介)