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冬のスタートアップ1 一時解雇9万人の衝撃

「会社の方向を変えるには時間が足りなかった」。学生ローンの借り換えサービスを手掛ける米コモンボンドの最高経営責任者(CEO)、デービッド・クラインは9月、ビジネスSNS(交流サイト)のリンクトインに投稿した。事業資金を確保できず、会社を畳むと決めた時のことだ。

クラインは米クレジットカード大手のアメリカン・エキスプレスなどを経て、2011年にコモンボンドを設立。米シティグループ元CEOらの後ろ盾も得て事業を拡大し、21年時点で約80万人の利用者を抱えた。

だが、米政権が新型コロナウイルス禍の対策として、学生ローンの支払いを一時停止する措置を講じた。これで「借り換え市場の半分が消えた」(クライン)。インフレ退治の高速利上げで資金調達も難しく、命脈は絶たれた。

08年のリーマン・ショック以降、世界で金融緩和が長引き、マネーがスタートアップに流れ込んだ。評価額が10億ドル(約1480億円)以上の未上場企業「ユニコーン」は世界で約1200社。空想上の一角獣にたとえられる企業が、珍しい存在でなくなった。

歯車は逆回転している。KPMGによると、世界のベンチャーキャピタル(VC)の投資額は7~9月に870億ドルと前年同期から半減。米欧の利上げを受けて投資家は目先の確実な利回りを求め、赤字が先行しがちなスタートアップを敬遠するようになった。

 

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選別の波はユニコーンにも押し寄せる。「21年秋は全く違う世界だった」。後払い決済サービスのクラーナ(スウェーデン)が8月末に投資家向けに開示した資料。創業者のセバスチャン・シミアトコフスキーは激動の1年をこう表現した。

21年6月、ソフトバンクグループ(SBG)傘下の「ビジョン・ファンド2」などから大型の資金調達を果たした。評価額は456億ドル。欧州のフィンテック関連で最大のユニコーンだった。

「1年前はいくら払ってもクラーナのような優良企業に投資したいという空気があった」。投資銀行関係者は振り返る。その後、世界でグロース(成長)株が下落。クラーナが22年7月に資金調達した際の評価額は67億ドルとわずか7分の1だ。

企業の評価額が前回の資金調達時を下回る「ダウンラウンド」。米大手法律事務所のウィルソン・ソンシーニが調べたところ、スタートアップの資金調達に占める比率は4~6月に11%だった。20年4~6月以降の四半期で最も高い。

潤沢な調達資金に頼り、赤字でも売上高の拡大を優先してきたスタートアップは戦略修正を迫られる。米情報サイト「Layoffs.fyi」によると、22年にレイオフ(一時解雇)に踏み切った新興テック企業は20日時点で約700社。計9万人超が職を失った。

 

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日本勢も「冬の時代」に備え始めた。人工知能(AI)を活用した学習教材を開発するアタマプラス(東京・港)は今夏、人材採用の大幅抑制を決めた。21年に海外投資家などから62億円を調達し、社員を急ピッチで増やした矢先の方向転換だ。最高財務責任者(CFO)の瀬川剛は「資本市場が求める業績の目線が変わった」と明かす。

熱狂から奈落へ。20年前のIT(情報技術)バブル崩壊時、新興企業が多いナスダック総合指数は00年3月の高値から02年にかけて8割下落した。主要ネット企業の時価総額約5兆ドルが吹き飛んだとされ、民間調査によると米シリコンバレーで約20万人が一時解雇された。足元のナスダック指数は21年11月の史上最高値に比べ3割強下げている。

米アマゾン・ドット・コムの株価は1999年からの約2年間で95%も下落した。「投資家は役割を放棄した」。創業者のジェフ・ベゾスはこんな愚痴をこぼしながらも債務超過などの難局を乗り越え、世界のデジタル革命をけん引する巨大企業を育てた。

シリコンバレーを拠点とするVCのWiLを率いる伊佐山元は足元でも「事業が成長している企業は多い」とみる。荒波を越え、スタートアップはよみがえるだろうか。