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リカレント教育の課題 国主導、学校教育と代替的に 田中茉莉子・武蔵野大学准教授

ポイント
○高等教育修了者のニーズとらえ直す必要
○非正規、シニア、中小従業員の参加に制約
○プログラムや支援制度の情報提供も課題

ここ数年、日本でリカレント教育への関心が急速に高まっている。リカレント教育とは、学校教育を終えて社会に出た個人がニーズに合わせて再び教育を受ける循環型・反復型の一種の生涯教育のことだ。経済協力開発機構(OECD)が1970年代初頭に提唱した。OECDの2005年のリポートによれば、リカレント教育には、個人の生産性を高め、イノベーション(技術革新)や雇用機会を創出する効果がある。

関心の高まりの背景はいくつか挙げられる。少子高齢化で労働力の量的拡大が望めないなか、労働力の質的向上が求められている。また技術進歩に伴いこれまでの知識やスキルが通用しなくなってきた。特にコロナ禍の下でのデジタルトランスフォーメーション(DX)化の進行により、人手不足と過剰が併存する雇用のミスマッチが顕在化し、企業が人材を有効活用して生産性を向上させることが喫緊の課題となっている。

日本でも22年5月、教育未来創造会議の第1次提言「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について」が公表され、リカレント教育を促進する環境整備の重要性が示された。9月には施策の工程表が示されるなど、国を挙げた取り組みが始まっている。

本稿では国際比較を交えながら、リカレント教育の現状と課題を概観する。

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図はOECDのデータを基に、25~64歳を対象としたリカレント教育の国別参加率(学歴別および全体)を示したものだ。参加率全体(図の■)を見ると、スウェーデンが64%、米国が59%、OECD平均が47%に対し、日本は42%と国際的にやや低い。高等教育(Tertiary)修了者の参加率(図の●)に限ると、スウェーデンが80%、米国が79%、OECD平均が66%に対し、日本は56%と国際的に低い水準にある。

OECD諸国では従来、学校教育を十分に受けられなかった成人を対象とするリカレント教育(成人教育)が重視されてきた。図からも分かるように、学歴が高いほどリカレント教育を受ける傾向があり、社会保障の観点から成人教育が積極的に推進されてきた。

OECDのリポートによれば、スウェーデンでは前期中等教育(Lower secondary)を修了していない20歳以上の全居住者が成人教育を無料で受けられる。さらに97年には全自治体で中等後教育(Post-secondary)を修了していない失業者に包括的な成人教育の機会を提供する5年間のプログラムを導入した。フィンランドでも成人が若者と同じ教育を受けられる。

一方、日本では高等教育を修了した成人の割合が高い。従って同様の政策の実施が必ずしも労働力の質的向上、雇用のミスマッチ解消、企業の生産性向上に効果的とはいえず、高等教育修了者のニーズをとらえ直すことが重要だ。日本では高等教育を修了した人が学び直す場合、より専門的な知識・スキルを習得するため、従来の学校教育と補完的なリカレント教育が一般的だった。例えば不動産会社に就職した人が宅建の資格を取得したり、総合商社に就職した人が経営学修士号(MBA)のコースで学んだりするなどだ。

だが人材の有効活用や雇用のミスマッチ解消という観点からは、育児、介護などを経て再就職や復職を希望する人が基礎的なビジネススキルを身につけたり、異動や転職を希望する人が新たな職場で求められる知識・スキルを学んだりするなど、従来の学校教育と代替的なリカレント教育が必要となる。ただしその普及にはいくつか課題もある。

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第1に誰がリカレント教育に参加するのかという問題だ。21年度の厚生労働省「能力開発基本調査」によれば、正社員の57.8%、正社員以外の39.7%が「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」と答えている。また正社員以外の3割超が「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」、正社員、正社員以外ともに25%超が「費用がかかりすぎる」としている。個人が時間的・金銭的制約に直面していることがわかる。

週休3日制やテレワークを推進する企業が増えているし、教育訓練給付金や人材開発支援助成金も拡充されるなど制約は緩和されつつある。だがOECDのリポートが指摘するように、日本では非正規雇用、シニア層、中小企業の従業員がリカレント教育を受けにくい環境に置かれている。

たなか・まりこ 82年生まれ。東京大博士(経済学)。専門はマクロ経済学、金融論、リカレント教育

また20年の労働政策研究・研修機構「人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査」によれば、企業は長期雇用を前提に、10年未満で効果を上げられるキャリア教育を求める傾向にある。加えて企業が従業員にスキルの学び直し(リスキリング)の機会を提供する場合、成果が見込まれる労働者や技術・生産性の水準の高い労働者を対象とする傾向もあるとされる。このことは、民間の取り組みでは代替的なリカレント教育が実施されにくいことを示唆する。

こうした問題に対応するため、英国政府は21年4月から「Lifetime Skills Guarantee」というプログラムで、プログラマーやエンジニアになるための職業訓練を無料で提供している。

日本では22年度、文部科学省が中心となり「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」を実施しているが、こうした代替的なリカレント教育については国が今後も積極的に推進することが重要だ。

第2にどのプログラムに参加するのか、あるいは誰がプログラムを提供するのかという問題だ。前述の「能力開発基本調査」でも、20%超が「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」と答えている。その対応として文部科学省はポータルサイト「マナパス」でプログラムや支援制度などに関する情報提供をしている。

企業がプログラムを提供する場合、専門的な内容をカバーしにくいという問題がある。特に日本ではIT(情報技術)人材が非IT産業で不足している。こうしたなか、企業のリスキリング導入を支援するサービスが登場するなど新たな動きもある。

一方、従来型の大学・大学院の場合、社会人の学びやすい環境整備が課題だ。シンガポールでは企業が大学など教育機関とともに、ニーズの高い業種で必要なスキルを学べる拠点を運営しており、企業もリカレント教育に関与している。

日本では、経団連と国公私立大学が協議会を立ち上げ提言をまとめている。こうした産官学連携により、社会人が社会のニーズに合ったリカレント教育を受けやすくなると考えられる。

第3に受講成果をどのように生かすのかという問題だ。米アマゾン・ドット・コムでは、スキルを持たない従業員を対象とした社内研修プログラムを実施し、プログラム修了者の95%がソフト開発エンジニアとなり、収入が平均で93%増えたという。受講成果を適材適所につなげて給与に反映させることにより、従業員の意欲が高まり、企業の生産性向上が期待される。