VTPと関係が深い金融機関では取り付け騒ぎが起きた。相次ぐ大物摘発は一党支配する共産党の権力闘争という側面もあり、好調な経済に冷や水を浴びせるリスクを伴う。
「俺の金だ。店の中に入れろ」。8日朝、民間大手のサイゴン商業銀行(SCB)の店舗には預金を引き出そうとする顧客が詰めかけた。同行は前日に逮捕された会長が経営するVTPとの取引が多く、関係が深いとみられていた。この結果、SNS(交流サイト)で資金繰りを不安視する投稿が拡散した。
今回逮捕されたのは、VTPの創業者で会長のチュオン・ミー・ラン氏や関連会社社長ら4人。現地メディアによると、2018年~19年にかけて同社のグループ会社が25兆ドン(約1500億円)の社債を発行しており、発行手続きが違法と判断されたようだ。
ラン氏は中国系ベトナム人の女性実業家だ。南部の最大都市ホーチミン市幹部らと太いパイプを築いているとされ、同市中心部の一等地に高級物件を多数所有。同国有数の裕福な一族として名前が知られる。VTPは非上場で公開情報が少なく、「実態がよく分からない謎の企業」(金融業界関係者)とされてきた。
結局、SCBは「疑惑」を完全に払拭できずに混乱が続いた。ベトナム国家銀行(中央銀行)は14日、SCBを特別管理下に置き、4大国有銀行から取締役を派遣する異例の措置をとった。当局は国内メディアの報道統制も強化し、火消しに躍起となる。
当局は今年に入り、不動産事業が中核のFLCグループや、タンホアミン・グループのトップを詐欺などの容疑で次々に逮捕した。ファム・ミン・チン首相は「市民の信頼を損なう不正行為は容認しない」と述べ、今後も厳格な対応を続ける姿勢を示している。
ただ、ベトナムの場合、「不正」や「汚職」の判断は、当局のさじ加減で決まりやすい。「(経済界の)大物の立件は、権力闘争の動きと関係している」(不動産業界関係者)と指摘する声もある。業界では摘発を恐れ、当面は大規模な資金調達などを手控える可能性がある。
政府機関でも影響回避に向け、投資に絡む許認可手続きの意思決定を遅らせる傾向が強まっている。同国の総輸出額の約7割を担う外資系企業によるベトナムへの投資は、足元で前年割れが続く。反腐敗運動を強めすぎれば、景気の停滞を招く恐れもある。
(ハノイ=大西智也)
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