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不動産の「相続節税」転機 追徴認める最高裁判決、「通常の対策」覆す

半年前の最高裁判決をきっかけに、従来の相続税の節税策が税務当局に認められない可能性が意識されるようになったためだ。金融機関などの後押しにより広がってきたが、ブレーキがかかるかもしれない。

 

判決に現場驚き

 

「私も追徴課税されるに違いない」。埼玉県内に住む会社経営者の男性(58)はこの数カ月、眠れぬ夜を過ごしている。亡くなった父親による相続税対策の取引が、最高裁で争われた内容と酷似していたためだ。

最高裁で争われたのは、相続した賃貸マンションの評価額が実勢価格より低すぎるとして国税当局が再評価し、追徴課税したケース。相続人側は評価手法は通常の方法などとして提訴したが、最高裁は税務当局の主張を認める判断をした。

判決は金融機関や税理士らを驚かせた。相続税の申告の中身が「不動産を使った節税策として通常の手法だった」(税理士の岡田俊明氏)からだ。

最高裁のケースで節税効果が大きかったのが相続時の不動産の評価ルールだ。相続税は基本的に亡くなった人(被相続人)の財産の価値に応じてかかる。土地の評価には通常、路線価を用いる。路線価は時価の8割が目安で、現金を相続するより不動産を購入した方が相続税を抑えやすい。

賃貸用物件なら所有者が自由に使えない分も価値を減らせるため、さらに評価が下がる。最高裁の事例は約13億8000万円で購入したマンション2棟の評価が申告時3億3000万円だった。

もう一つの節税策が借入金の活用だ。通常は借金をしても相続する財産の価値に変化はない。

しかし、多額の借金をして不動産を購入した場合は異なる。不動産の評価額が購入価格を大きく下回ると、相続財産を評価する際に財産から借金の分を差し引く「債務控除」の効果が高まる。相続人側はこれらの効果で相続財産の価値を下げ、相続税をゼロとした。

多額の借金で不動産を購入する富裕層向けの節税策は、金融機関などが積極的に後押しした面がある。銀行は低リスクで多額の融資ができ、不動産業者や節税効果を試算する税理士も潤う。

だが、最高裁判決以降「(相続税対策の融資は)慎重にならざるを得ない」と地方銀行のリテール部門担当者は漏らす。裁判では融資した銀行の稟議(りんぎ)書が証拠として採用された。融資先が後から追徴課税される事態になれば顧客の信頼を失いかねない。

手控えムードは税理士にも及ぶ。都内で相続税を専門に扱う税理士は顧客に「相続税がゼロになるような極端な節税策は避けるよう助言している」と打ち明ける。

今回の最高裁判決では「不動産を使った従来の節税策は違法ではないが、全体として不適当とされた」(元仙台国税局長の川田剛税理士)。富裕層にしかできない多額の融資を受け、明らかに相続税の節税を狙ったことを問題視したとみられている。

 

バブル時と似る

 

辻・本郷税理士法人の浅野恵理税理士は「追徴課税となる具体的な基準が不透明なことが困る」と話す。国税庁は7月、全国の税務署に送付した「事務運営指針」と呼ばれる文書で最高裁判決の概要に言及した。しかし、具体的な基準は示していない。基準が不透明な限り税理士は保守的に助言せざるを得ない。

税理士の藤曲武美氏は一連の流れが「バブル経済崩壊前に重なる」と指摘する。1980年代後半も節税目的の取引が拡大。地価高騰の要因と見た政府は「相続開始の前の3年以内に取得した土地の評価は取得価格による」といった法改正に動いた(現在は廃止)。その後の利上げや不動産向け融資規制もあり、不動産価格は下落に転じた。

国土交通省の不動産価格指数でみると、今年6月のマンションの価格は2010年に比べ約8割高い。相続税対策の取引はあくまでその一部だが「取引を手控える状況が続けば、不動産市況全体に影響する可能性はある」と中央大学の酒井克彦教授は話している。

(後藤直久)