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Appleが預金口座 インフレで加速する金融ビジネス 教えて山本さん!BizTech基礎講座

米アップルは米ゴールドマン・サックスと組んで、アップルのクレジットカード顧客向けに利息の高い預金口座を提供すると発表しました。消費者が既存の銀行口座から資金を移動させる可能性もあり、日本の銀行やポイント業界にも影響を与えそうです。

米国で10月13日に発表された9月のコア消費者物価指数(CPI、消費者物価指数から食料品、エネルギーなど価格変動の大きい品目を除いたもの)の上昇率は前年同月比6.6%と、実に約40年ぶりの高水準なインフレが問題になっています。物価が上がるということは、消費者にとっては給料や預金金利が同様に上がるか、不動産などインフレとともに値上がりする資産を持たなければ、保有している資産が相対的に目減りすることになります。

10月17日現在の連邦準備理事会(FRB)の政策金利の誘導目標は3~3.25%ですが、このままインフレが収まらない場合には来年以降4%以上の誘導目標になることが市場に織り込まれています。単純に円換算で考えると、100万円が1年で104万円以上になるのですから、金利がつかない場所や金利が低いところにお金をおいておくのはもったいないのではないでしょうか。

例えば、クレジットカードなどのポイントや、いわゆる電子マネーなどは利息が付かないものがほとんどです。早めに使うか、金利が付く資産に交換することが相対的な損失を防ぐ方法になります。

そのようなタイミングでアップルが米国で新たなサービスを発表しました。アップルカード(Apple Card)というクレジットカード決済サービスで、買い物の際に付与されるポイントと同じキャッシュバック(Daily Cash)を自動的に高利回りの預金口座に入金して利息を付けるというのです。さらに別の銀行口座に送金したり、引き出したりすることもできるよう近日中にアップデートするというものです。しかもアップルは送金などの取引にかかる手数料を無料にすると発表しています。

もともとアップルカードは決済額に対して1~3%のキャッシュバックがあります。しかしキャッシュバックされた残高には利息が付かなかったのです。決済を通じてたまったキャッシュバックの残高に利息を付けて、金利の上昇局面でもクレジットカード特典の価値を損なうことがないようにできるのです。

利率はまだ発表されていませんが、アップルカードと預金口座を扱う米大手金融のゴールドマン・サックスの消費者向けオンライン銀行である「マーカス(Marcus)」は預金口座に年率2.35%の金利を表示しているため、おそらくこの金利をベースに次回以降のFRBの利上げもあれば反映させてキャンペーンなどを仕掛けてくると思われます。

米ゴールドマン・サックスが手掛ける「マーカス」のアプリ=ロイター

米バンク・オブ・アメリカや、米JPモルガン・チェースなどの米大手銀行の預金口座の金利は10月14日現在で0.01%にとどまります。iPhoneの操作一つで手軽にアップルのサービスに入金すれば、100万円相当額に対して年間で数万円相当の利息が付くことになり、優位になります。

お金の節約に敏感な利用者層にとってはお金を移す十分な動機になるでしょう。これまで銀行で新規口座を作ろうと考えていた人も書類への記入など煩雑な手続きが必要なことが高いハードルでしたが、今回の新しい預金口座はおそらくアップルの協力もあり最小限の手間で済むことが予想されます。

ゴールドマンの手掛けるマーカスはリーマン・ショック後の16年にサービスを開始しました。しかし黒字化できておらず、アップルの提携によって約1億2000万人の米国iPhoneユーザーやその他の国にアプローチすることで、顧客拡大に弾みをつける狙いがあるのでしょう。

iPhoneの高いシェアと「ポイント大国」の日本も

まずはインフレが進んでいる国にサービスを提供するメリットがありますが、日本にもこのサービスがやってくることは十分に考えられます。なぜなら日本は以前からスマートフォンでiPhoneのシェアが世界でも最も高いグループだからです。

しかも最新のiPhone 14は最新機能が乏しく売れ行きが鈍い状況であり、代わりにPixel7などGoogleの手掛けるAndroid端末の攻勢も受けています。日本市場にてこ入れする必要があります。

アップルにとっては、この貯蓄サービス自体で必ずしも利益を上げる必要はありません。次のスマホをiPhoneにしてもらうことで利益を確保するメリットがあるのです。

また日本は「ポイント大国」と呼ばれるほど、世界でもポイントが普及している国です。現在は日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)など航空会社のマイルを頂点としたポイントエコシステムが成り立っていますが、そこに利息も付与するアップルの預金口座が登場することで競争環境が大きく変わる可能性があります。

では銀行はどうでしょうか。アップルが提供するクレジットカードと預金口座だけでは、銀行とはいえないという人もいるでしょう。しかし米国では既にiMessageというチャットサービスを使って知り合いなど個人間で送金できる機能を搭載しています。

この機能が拡大されれば、個人向けの銀行機能の一つである決済はほぼカバーされるのではないでしょうか。数千万人近いといわれるiPhoneユーザー、特にシェアの高い若い世代はiPhoneに搭載された金融サービスを選ぶことが予想されます。

米国の銀行はアプリで多くの銀行機能を完結させるようにデジタルトランスフォーメーションを進めています。しかし、そのアプリのプラットフォームであるスマホ自体が銀行の機能を持ち始めると競争はいっそう激化するでしょう。

日本でもいずれ同じ構図の競争が始まるでしょう。手数料だけではもはやビジネスはできず、未来に求められる銀行は技術の先行きを見越してベンチャーから大企業までを網羅した目利きによって新しいものを取り込み、進化する必要があるでしょう。

山本康正(やまもと・やすまさ)
京都大学大学院総合生存学館特任准教授
東京大学修士号取得後、米ニューヨークの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。卒業後グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用を推進。京都大学大学院総合生存学館特任准教授、同経営管理大学院客員教授。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)、『2025年を制覇する破壊的企業』(SB新書)がある。