· 

AIアバターが同僚に デジタルヒューマンで変わる生活

リアルな人間を模した外見、そして人間らしい応対をする「デジタルヒューマン」。仮想空間「メタバース」時代の到来に向けて、進化が著しい。実際の著名人をデジタルヒューマンとして「売り出し」、広告に起用する事例も既に出てきている。デジタルヒューマンの進化がどうビジネスや生活を変えるのか、拡張現実(AR)サービス開発のMESON(東京・渋谷)でディレクターを務める福家隆氏に最新動向を解説してもらった。

◇    ◇    ◇

メタバースを語るうえで、欠かせない要素として「デジタルヒューマン」が挙げられる。メタバースが普及した将来、3次元(3D)インターネット空間で私たちは3Dアバター(分身)を通じて互いにコミュニケーションを取るようになる。

他方、機械(人工知能=AI)もアバターを通じて、私たち人類との対話を試みる。新たなコミュニケーションや生活の変化が起きるはずだ。本稿では、デジタルヒューマンがもたらす新たな価値を、未来考察と参考事例を織り交ぜながら見ていきたい。

「デジタルヒューマン」とは、3D技術を用いて、再現性の高い表情や身体の動きを行えるように生成されたアバターを指す。ときには私たち自身を高性能な360度カメラなどを用いて撮影し、私たちの姿、形を3Dコンピューターグラフィックス(CG)で再現した「デジタルツイン」が使われることもある。

アバターの操作主が機械の場合、自然言語処理や機械学習を使った会話ロジックを用いて、私たちのサポート役や分身として振る舞う。一方、操作主が人の場合、私たちはアバターを通じてメタバース空間を探索し、メタバースならではの体験を楽しむ。

デジタルヒューマンは決して「3Dアバター」である必要はない。テキストベースのチャットボット(自動応答システム)や機械による音声ガイドなど、その媒体は様々だ。いずれの場合も本稿では分かりやすいように「デジタルヒューマン」と統一して表現する。

今の私たちにとって、デジタルヒューマンは生活の中でほとんどなじみがないかもしれない。しかし、既に広がりつつある。例えば直近では、モデルの冨永愛氏のデジタルツインが、三菱地所レジデンスと直接広告契約を締結し、新築分譲マンション「ザ・パークハウス」の仮想空間「SUPER MODEL ROOM」の広告にキャスティングされた。また、相鉄グループの相模鉄道(横浜市)とAIスタートアップのデータグリッド(京都市)が「デジタルヒューマン」を活用したプロモーションの実証実験を始めた事例もある。

世界的トップモデルの冨永愛氏のデジタルツインが、三菱地所レジデンスと直接広告契約を締結。「ザ・パークハウス」の仮想空間「SUPER MODEL ROOM」の広告キャスティングに起用された。今後も著名人のデジタルツインが起用される事例は増えそうだ

ここからはデジタルヒューマンの活用について、「機械」が主語のケースと、「人」が主語のケースでそれぞれ紹介していく。

メタバースではAIアバターが同僚に

メタバースで働くことはしばしば「MetaWork」と呼ばれる。将来的には、3次元空間上のオフィスへ出社し、世界中どこからでもアクセス可能な仕事環境で、実世界同様に働き、同僚たちとコミュニケーションを図る時代も来るだろう。米メタ(旧フェイスブック)が発表した「Horizon Workrooms」は、まさにそんな世界観を表現している。

MetaWorkにおいて、同僚は決して「人」だけではない。「機械」も考えられる。様々なデジタルヒューマン(3Dアバターの形をしたAI)と共にコラボレーションをしながら仕事をするのだ。MetaWorkでは、簡単なプレゼンテーション、重大な意思決定の関わらない初期段階の商談などは、AIベースのデジタルヒューマンが最大限に活用されると見込まれる。こうした未来のユースケースは着実に足元から広まりつつある。

1例として、英Synthesiaが提供するAI動画生成プラットフォーム「Synthesia」を紹介したい。ユーザーは同社が提供するライブラリーの中から「アクター」と呼ばれる本物の演者を基にしてつくられたアバター素材を選択。後は、しゃべらせたい内容をテキストで入力するだけで、60カ国以上の言語を話すアバターが入力したテキスト内容を語りかける動画が完成する。アバターが使われた際、そのアバターに素材提供した演者に報酬が発生する仕組みがあるのも面白い。

Synthesiaは、アバター素材が任意のテキストを話す動画を簡単につくれる

Synthesiaは、企業内の教育ビデオ市場向けの展開を強化している。社長や取締役陣らのデータを読み込んでアバター化しておき、後はHR(人事)部門の担当者がテキストを入力すれば、毎年入ってくる新入社員や中途採用向けの社長メッセージ、業務のオンボーディング内容などの動画をいつでもつくれる。

また、同じような仕組みで営業メール市場に振り切っているのがインドを拠点とするスタートアップ、Rephrase.aiだ。Rephrase.aiは、AIアバターのプレゼン動画を簡単に生成でき、それを共有するサービスを提供。例えば、採用メールを送る際に、社長のパーソナルメッセージ動画を追加して、開封率と返答率のアップを狙うといったことも想定されている。

AIアバターがプレゼンをする動画をつくれるRephrase.ai

SynthesiaとRephrase.aiは、両社とも出力される媒体は現状では動画だが、その機能を3Dアバターに適用することも想定できる。メタバースにおけるデジタルヒューマンの表現の幅を大きく広げる可能性を秘めるのだ。このように、私たち自身が動くのではなく、デジタルヒューマンに活動の一部を代行してもらう動きがもう既に起きている。

「モブキャラ」との対話がよりリアルに

「ヒューマン」と名付けられているように、デジタルヒューマンは「人間らしさ」を持たなければ、いつまでたっても私たちは「機械」とコミュニケーションを取っている感覚から抜け出せない。メタバースでは人と人だけでなく、人と機械、機械と機械が対話する世界が広がっていることが想像されるが、こうした未来の生活を成立させるには、より高度な会話型AIが求められる。

ここで米ウォルト・ディズニー・カンパニーも支援する米Inworld AIという企業に注目だ。同社はメタバースやゲーム向けのAIキャラクターをつくり出すための開発プラットフォームを提供。世界的起業プログラム「Disney Accelerator」の2022年度プログラムに採択され、22年8月には5000万ドルの資金調達に成功している注目スタートアップだ。

社会性を持つAIキャラクターを生成するInworld AI

Inworld AIは、ユーザーが希望する人格、思考、記憶、行動に基づいてキャラクター構築を行い、人間同士で話しているような社会性を持ったやり取りを行うキャラクターを生成する。例えば、ゲーム世界にいるモブキャラクター(主要キャラ以外のキャラクター)を、まるでその世界で生活しているような口調で対話させられるという。

生成されたキャラクターは、出力して外部のプラットフォームやアプリでも利用が可能。米Epic Gamesが提供するゲーム開発プラットフォーム「Unreal Engine」や、同じく米Unity Technologiesの「Unity」とも連係できる。

Inworld AIが狙うのはゲーム市場だ。前述したように、ゲーム上でプレーヤーが操作しないキャラクター「NPC(Non Player Character)」を、よりリアルに見せるための技術を売っている。将来的には、より幅広い市場へ展開していくと見られる。

前述のSynthesiaとRephrase.aiの流れを考えると、自分自身の性格や感情データを吹き込んで、自分の分身ともいえる自律自動型のセールスパーソンを完成させることも想像できる。商談の初回のヒアリングや、進捗報告を共有するチームミーティングなどは、こうしたデジタルヒューマンに任せ、当の本人は重要度の高いミーティングに参加したり、よりクリエイティブな知見が必要なブレストミーティングにのみ参加したりできるようになるかもしれない。

優先度の低い場には、デジタルヒューマンを「出向」させ、相手方のデジタルヒューマンとの議論を経て、その商談内容がユーザーへ伝えられる。このような高速で機械同士がやり取りする商談マッチングが無数に生まれ、最終的な意思決定は人間が行い、その後のプロジェクト化へつなげていく、ある種の人と機械の「リレー」が実現するかもしれない。

また、メタバース上の小売店舗の接客はデジタルヒューマンが力を発揮するところでもある。AIの教師データとして、人気店員の性格や声のトーンを学習させることで、魅力的な接客、売れる接客をテンプレート化し、さらに24時間展開することも可能だろう。

一見、デジタルヒューマンの社会進出は、機械に支配されたディストピア(反理想郷)に聞こえるかもしれない。だが、あくまでも私たちの生産性を高める存在としての「機械」が助ける未来がそこにはある。

ショッピングの形が大きく変わる?

ここまで「機械」が主語となっていたデジタルヒューマンを紹介してきたが、ここからは簡単に「人」を主語にしたデジタルヒューマンについて見ていく。特に、ショッピング体験にデジタルヒューマンが活用される事例について触れたい。

メタバースで、私たちは3Dアバターを通じて疑似的な体験をする。例えば買い物では、自身の分身のバーチャルヒューマン、つまり3Dアバターに洋服やシューズを着させ、その着用感をメタバース上で確かめてから購入するといったイメージだ。

この領域で実験的な取り組みをしているのが、英国の百貨店チェーン「Selfridges」。同社はファッションブランド「Charli Cohen」、世界的人気タイトル「ポケモン」と共に、世界中のファッション都市を模したメタバース空間「Electric/City」を開発した。

買い物客はElectric/Cityを一人称視点(POV)で移動しながら、世界を探索する。メタバース空間のアバターが着用している服をクリックすると、自分のアバターに着用させ、その着用感を確認できる。写真共有SNS(交流サイト)「Snapchat」を展開する米SnapのARサービスを通じて、実世界でどのような格好になるのかを見られるのも面白い。メタバースとARをうまく融合させたショッピング体験が生まれている。いずれも買い物客自身の3Dアバターが使われている。

また、米Obsessが提供するバーチャル店舗プラットフォーム「Obsess」にも注目したい。大手ブランドがObsessのプラットフォームを経由し、バーチャル店舗を手軽に出店できるようになった。大手アパレルブランド「Ralph Lauren」や「COACH」が同プラットフォームを活用。こうしたメタバースでの小売店舗が増え、ショッピング体験が一般的になることで、デジタルヒューマンが「体験」の受け皿として利用されるようになるだろう。

メタバース×デジタルヒューマンで生活・働き方はどう変わる?

デジタルヒューマンによって、私たちの生活はどのように変わるのか。まずは「働き方」の変化が挙げられる。

前述のように、私たちの振る舞い、感情、性格を模した機械が操作するデジタルヒューマンが活動をするようになれば、簡単なディスカッションや調整のプロセスに人間が参加する必要性は低くなる。人間は重要度の高い案件だけに集中でき、本質的でクリエイティブな活動に注力することができるだろう。私たちの個性をアバターに投影した、いわば「個性がデジタル実装」されたデジタルヒューマンが複数の時間、複数の空間で活動することで、人間はその他の多様な活動に力を入れられるというわけだ。

また、デジタルヒューマンによって、メタバースでの「体験」はより充実したものになる。私たち自身が操作するデジタルヒューマンは、メタバースで自分の代わりに様々な「体験」をする。ショッピングでは、デジタルの演出を駆使することで、単なる試着にとどまらない新鮮な買い物体験を得られるようになるはずだ。デジタルヒューマンは、サービスを受ける側だけでなく、当然サービスを提供する側にも広がる。新たな「店舗体験」がメタバースでは求められる。

デジタルヒューマンの普及と共に、機械と人の境界は曖昧となり、溶け合っていくのは間違いないだろう。

(MESON 福家隆)