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教育移住、親子ですくすく 1週間から保育園留学も

新型コロナウイルス禍を機に、便利な都市部から自然豊かな地方への教育移住が注目を集めている。リモートワークの普及で場所に縛られることなく、豊かな環境下で新しい教育の形を求める層が増えている。本格的な移住が難しい家庭にも短期の「保育園留学」などの制度も整い、親世代にとっても気づきを得られる学びの機会につながっている。

「向こうの庭ではバナナ育ててるんだよー」「トマトとかナスを育てて食べるんだ」

1480平方メートルの広々とした建物に、緑に囲まれた大きな園庭。子どもたちが思い思いに遊具を取り出し、遊んでは走り回る。北海道南部の厚沢部(あっさぶ)町の認定こども園「はぜる」は、豊かで自由な保育環境から多くの「留学生」をひきつけている。

保育園留学は、地方創生事業を展開するキッチハイク(東京・台東)と厚沢部町が中心に始めたプログラムで、2021年11月にスタート。ワーケーション環境が整った滞在施設で生活しながら、子供をはぜるに通わせることができる。最短1週間から参加できる手軽さが人気を集め、今年度中の受け入れ枠はほぼ埋まっている。

人気の理由は、なんといっても北海道の豊かな自然。都会の保育園は園庭なし、ビルの一室ということも多く、子供たちができる体験の幅は限られる。「子供の声が大きくなった」(保護者)という声があるほど。思う存分遊び、食育体験や雪遊びなど北海道ならではの体験もできる。

母親は宿泊施設でテレワーク(9月、北海道厚沢部町)

5歳の奏佑くんと3歳の芽依ちゃんを連れ、東京から参加した30代の女性会社員は「子どもたちに東京と全く別の世界もあることを知ってもらいたい」と、留学を決めた。子どもたちが目をキラキラさせて虫取りをしたり、遊び回ったりしている様子に、連れてきて良かったと実感している。

保育園留学は、親にとってもリフレッシュ以上の体験ができる。30代の女性は「ゆったりとした環境で町の人々と接することで、子どもに対してよりおおらかになれた」と話す。普段と全く違う環境に家族で身を置くことで、親も新たな気づきが持てるようだ。

キッチハイクは厚沢部町での予約が殺到していることから、岐阜県美濃市や熊本県天草市など、他地域でも募集を始めた。他にも、一般社団法人みつめる旅が長崎県五島列島で子供向け体験教室付きワーケーションプログラムを提供するなど、働き続けながら子供と「留学」できるプログラムは全国に広がっている。

「留学」の仕組みを活用してもっと自由に移住ライフを謳歌している事例もある。大阪府出身の参河遼さん(13)は1年おきに教育移住を繰り返す「ノマド中学生」だ。

きっかけは、コロナ禍。友達とも遊べずに鬱々とした日々を過ごしていたところ、母親の綾希さんが島留学の制度を見つけてきてくれた。島での生活に憧れていたこともあり、21年4月から綾希さんと弟(11)と3人で鹿児島県の沖永良部島に移住を決めた。

1年おきに転校するノマド留学生の遼くん(写真右)

「家に帰ると青パパイアが玄関に置いてあってびっくりした」(遼さん)というほど、島の人たちの温かさに触れた。勉強はどこでもできる、もっといろんな地域に行ってみたいと22年4月からは宮城県石巻市の「モリウミアス漁村留学」に応募した。

温暖な南の島から厳寒な北の港町への移転で、弟は「寒い!」と大阪へUターン。春からは同じく留学してきた友人たちと廃校になった校舎を活用した滞在型宿泊施設のモリウミアスで寮生活が始まった。20~30代のスタッフらがサポートする中、食事も自炊、自分たちで割ったまきで風呂をわかす生活が始まった。

地元唯一の学校は現在小中9学年合わせて30人ほど。中学1年生は留学生の2人だけ。「先生がマンツーマンに近い状態で見てくれるので勉強もわかりやすい」という。

民泊プログラムに参加する遼くん

今はまっているのは「箸つくり」。地域の方の竹林から竹を分けてもらいマイ箸を製作中だ。高校受験を控えた大阪の友人たちも、そんな生活をうらやむ声が多いという。「都会には何でもあるけど、今のほうがやりたいことであふれている」と遼さん。将来は地域創生に携わる仕事がしてみたいと夢が膨らむ。

受験に対応した進学校でなく、子供が生き生きと学べる環境を求め、長期移住を決める家族も増えている。その中でも、長野県軽井沢町は都市部へのアクセスや環境の良さに加え、特色ある学校の相次ぐ開校で、子育て世帯から注目を集めている。

「人間関係が広がり、自分自身にとっても良い経験になっている。自然の豊かさとそれを守ろうとする軽井沢の文化から学ぶことはとても多い」。そう話すのは都内の不動産会社に勤める柴田龍一さん。「詰め込み教育に疑問を抱いていた」という柴田さんは、2人の子供を軽井沢風越学園(軽井沢町)に通わせる。

「自然豊かな環境と、それを守る軽井沢の文化から学ぶことは多い」と柴田さんは話す

軽井沢風越学園は20年春に開校。3歳から15歳までを対象とした幼小中混在校で、型どおりのカリキュラムにとらわれず、子供に寄り添う教育が特徴だ。軽井沢にほど近い長野県佐久穂町にある大日向小学校・中学校も個を尊重する「イエナプラン教育」を導入した学校として注目を集める。

地方への教育移住者は、進学校を目指す受験勉強よりも、自然や周りとのふれあいを重視し、その中で個人の好きなことを伸ばす教育を望む人が多い。軽井沢町で塾や英語プログラミング教室を営む井上優子氏は「地元の方は受験対策で塾に通う人が多いが、移住者の方は英語プログラミング教室など子供の可能性を伸ばす習い事を選択される人が多い」と話す。

一方で「教育移住は魅力的だが、その先の進路が見えない」(都内在住の40代女性)と二の足を踏む人も多い。低年齢の留学が増える背景には、受験が本格化する前に様々な体験をさせたいとの計算もちらつく。学歴にとらわれず多様な経験や自身の才能で活躍する人が増える中、子どもの個性を伸ばしたいと願いつつ、現実問題として勉強もおろそかにしてほしくない。親の期待と不安をとらえたサービスは、今後さらに広がりそうだ。

教育移住はコロナ禍、リモートワークが広がる中で関心を集めるようになった。仕事の責任や働き方の関係で比較的動きやすい30~40代が移住者となるケースが多い。子供が小さいうちに学力だけでなく多様な体験をさせたい、という親の意向が強いことも背景にある。

教育移住が広がる背景には、親世代のキャリアへの不安もあるという。今の親世代はミレニアル世代。共働きが標準となり、終身雇用も崩壊しつつある中、転職、独立、副業など含め自分たちらしいキャリア構築にも意識的だ。

博報堂こそだて家族研究所の亀田知代子上席研究員は「教育移住とはいえ、子どものためだけではなく、新たな活躍の場への挑戦や、地域貢献など、自分たちも学び続け、成長するきっかけとして移住を決断した人も多いのでは」と指摘。教育移住は親世代にとっても予測不能な未来を生き抜くための新たなツールとなっている。

東京への人口一極集中はコロナ禍で曲がり角を迎えた。総務省の21年の人口移動報告によると、東京23区では比較可能な14年以降で初めて転出が転入を上回った。住宅価格が高騰する中、とりわけ幼い子供を持つ親にとっては都市部で子育てをしていく理由は薄れてきている。

偏差値教育の中で受験競争を勝ち抜き、良い学校に通い大企業に就職することが幸せ、というかつての価値観は揺らいでいる。デジタル化が進み、個性豊かな教育機関が地方にも登場する中で、都会でない場所での子育てに魅力を見いだす人も増えている。豊かな人生とは何か、子供にとっての幸せは何かを再考した際に、教育移住は1つの答えになるかもしれない。(星野貴恵、松原礼奈)