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〈コロナは何を変えたのか〉(2)「微粒子の脅威」換気か遮断か ウイルス以外のリスク身構え

飛沫があおった人々の不安は、見過ごしていた問題にも光を当てる。

 

2014年にノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授らが苦心したのは、わずかな気流の制御だった。自動車の車体を滑らかにする最新の流体力学を応用し、「切断翼」という形をノズルに取り入れた。完成したのはウイルスが乗る飛沫を遮る「空気のカーテン」を作る装置だ。

開発チームの内山知実教授は「切断翼が空気の流れを束ね、気流を遠くまで届ける」と話す。気流は50センチ四方の空洞を上から下へ吹きつけ、通り過ぎる飛沫を打ち落とす。下部で集めた空気は、ノーベル賞をとった発光ダイオード(LED)技術を応用した波長280ナノ(ナノは10億分の1)メートルの深紫外線を当て、ウイルスや病原菌を破壊する。

空気のカーテンを挟んで感染の疑いがある人と看護師や医師が向かい合えば、声は通すが病原体は遮る。病院で試すと看護師から「安心感がある」と好評だった。内山教授は「25年以降に病院の診察室や受付、飲食店やコンビニに普及させたい」と話す。

内山教授は「今では、多くの人が隣の人を気にしている」と話す。将来は建物の入り口や、会社、電車の座席の間に空気のカーテンがあるのが当たり前になるかもしれない。

社会に「微粒子不安症」がまん延する。背景にあるのが、微粒子を可視化し、身近な脅威を実感できる技術の進歩だ。

最たるものが1000億円以上の開発費をかけた理化学研究所のスパコン「富岳」。坪倉誠チームリーダーらは、せきやくしゃみ、会話で、ウイルスを含む飛沫が舞い散る様子をシミュレーション(模擬実験)した。

従来型の新型コロナに感染した1人を含む16人が7メートル四方の飲食店にいる。感染者が1時間の滞在中に大声で30分話すと、誰か1人が感染する確率は座る場所ごとにほぼ0~約7%まで差が出た。

 

飲食店内で空気が流れる様子をスパコン「富岳」で模擬実験した=理化学研究所提供

飲食店内で空気が流れる様子をスパコン「富岳」で模擬実験した=理化学研究所提供

 

飛沫は小さな水滴で、乾燥からウイルスを守る。「ウイルスは自然界でも水滴に入って移動し、動物や植物に感染する」(英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンの中山尚美准教授)。羽根で風を受けるタンポポの種のように単独では遠くに飛べないが「多数の子孫が次々に生物に感染して広がる」。

新型コロナの強烈な印象が、身の回りの微粒子への関心を高める。ウイルスとは直接関係がなく直径が2.5マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル以下の微粒子を指す「PM2.5」も「厄介者」として再浮上した。

「地下鉄では車輪と線路、ブレーキの摩擦で出たPM2.5が、閉じた空間を舞う」と慶応義塾大学の奥田知明教授は話す。

平日に地下鉄駅で微粒子が含む鉄や銅、硫黄など15成分を調べた。通勤や通学時間帯の8~9時台には地上の5倍の濃度に達した。鉄の濃度は約230倍に、亜鉛やチタンなども数十倍以上になった。地下鉄の車輪やレール、ブレーキ素材などから発生する成分が多かった。

 

地下鉄構内は微粒子が多く集まった=慶応義塾大学提供

地下鉄構内は微粒子が多く集まった=慶応義塾大学提供

 

海外では地下鉄駅でとった微粒子をヒトの肺の細胞に加えると、炎症やDNAが傷付くなどの作用が出たという。18年7月の調査時から懸念を抱いていたが、19年末の測定でも複数の地下鉄駅で微粒子の濃度が地上の約10倍に達していた。

「新型コロナの感染防止のために車両の窓を開けると、車内でPM2.5の濃度が上がりやすいジレンマがある」(奥田教授)

人々はいくつもの微粒子に囲まれて苦悩する。

東京都内でPM2.5を調べた一連の研究で、エンジンやボイラーから外気に出る炭素や硫酸イオンが増えると、救急車の搬送回数が1%高まる傾向にあったと22年6月に東邦大学の道川武紘講師らが発表した。

都心で大気汚染は改善したはずだが「体に入ると炎症や酸化ストレスを起こし、心臓や肺の機能が下がるのだろう」。炭素が多いと循環器疾患で亡くなる人も増えた。

 

大気中の微粒子が健康に与える影響を突き止めた=東邦大学提供

大気中の微粒子が健康に与える影響を突き止めた=東邦大学提供

 

換気か外気の遮断か。新型コロナが突然あぶり出したのは、微粒子と向き合う難しさだ。物事には異なる側面がある。

地球規模で粒子を考えたとき、「大気中の微粒子は気候変動も左右する」と九州大学の竹村俊彦主幹教授は話す。

上空を漂う微粒子は太陽光を反射して地表へ届く量を減らし、地球温暖化を和らげる。先進国では大気汚染対策で微粒子の濃度を下げてきたが、竹村主幹教授は「二酸化炭素(CO2)濃度の上昇と相まって温暖化を加速させかねない」という。

「目に見えない微粒子の動きは、体感でわかりにくい」と奥田教授は話す。微粒子の脅威の前に立ちすくむ人が多いなか、日常生活や社会活動とどう折り合いをつけるかが問われている。

(草塩拓郎)