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老舗問屋街を異才集う場に 負動産に新風 負動産Transformation(4)

「小売りはお断りしています」。一見どこにでもありそうな商店街を歩くと、婦人服店の店頭にこんな注意書きが貼られていた。よく見ると「一般客の入店はご遠慮ください」や「当店は小売りしておりません」など同様の張り紙が目に付いた。

ここ東京・馬喰横山はかつて国内有数の既製服の問屋街として栄えた場所だ。JR東京駅から約2キロメートルの都心に位置し、どこか懐かしい下町然とした町並みだが、一般人には立ち入りにくい排他的な雰囲気が漂う。

問屋街のビルが複合施設に

だが、足を進めると問屋が立ち並ぶ中にこじゃれたカフェが見えてきた。学校帰りと思われる女子高生2人が注文した飲み物をスマートフォンで撮影している。

このカフェが入る7階建ての建物は築60年ほどの中古ビルをリノベーションした「MIDORI.so(みどり荘)」。もとは問屋だったが空きビルになっていた。今ではカフェや衣服のアップサイクル工房、米国のクラフト雑貨を扱う輸入代理店などが入るシェアオフィスで構成される複合施設に生まれ変わった。働く人たちもTシャツやキャップ姿などラフな服装がほとんど。スーツを着る人は皆無だ。

「緩やかなコミュニケーション空間がおもしろいんですよ。シェアオフィスとシェアハウスの中間のような雰囲気です」。ブロックチェーン(分散型台帳)関連のコンサルティングを手がけるブロックチェーン戦略政策研究所社長の樋田桂一は週2~3回、顧客との打ち合わせのためみどり荘に通う。

みどり荘にはクリエーターやイラストレーターも多い。「色々な知り合いを紹介してくれるので、新しいビジネスにもつなげやすい」と樋田。共用キッチンでプロの料理人を招いてランチ会を開くなどして同居する異業種とのネットワークを広げていく。

このビルを再生したのはUR都市機構だ。問屋街の空きビルを買い取り、これを再活用して事業者を募集するプログラムを2021年に始めた。応募者は地元の建築設計事務所など専門家のアドバイスを受け、ある程度の収益性が見込めると判断されれば入居が許される。オフィスや店舗などへの改装費用もURが一部負担する。

「アーティストやクリエーターなど先進的な(情報)感度の高い人たちが入ってくる街には必ず大衆もついてくる。まず街の違和感をおもしろいと思える人たちを連れてきたい」。問屋街再生の仕掛け人であるUR都心業務部課長の坪田華は、独特の地域再生ビジネスの要点をこう説明する。

フロア貸し難しく老朽化

馬喰横山は古くから交通の要所だった日本橋の近くにあり、江戸時代から問屋業で栄えてきた。近年は大量生産・大量消費を前提とするファストファッションの台頭に伴い、問屋は衰退の一途をたどった。馬喰横山がある東京都中央区の繊維・衣服卸業の年間販売額は1994年から2016年までの20年余りで約3分の1に落ち込んだ。

冨川氏は問屋街で設計事務所を立ち上げた

問屋の仕事をやめて不動産で稼ごうにも制約がある。問屋の建物は通常、1階が店舗で2階より上が倉庫。エレベーターがなく階段がビルの奥側にあることが多い。全体的に縦長のつくりで1フロアあたりの敷地が狭いため、フロア貸しが難しい。その結果、ビルが老朽化したまま残ってしまう。

一方で東京駅に近く立地は良いため、周辺ではマンションやホテルの建設が相次ぐ。坪田は「自分たちで手を打たないと、どこの町とも同じような町になってしまう」との危機感があったと話す。商いの町としての伝統を残しつつ、時代に合わせてよみがえらせたいという地元住民の声に応えるためにはどうすればいいか考えた結果が、新しいビジネスのアイデアを持つ事業者を募集して問屋を再利用する方法だった。

古びた問屋ビルのように売るに売れない「負動産」を使った街づくりの実績を上げることができれば、URにとっては全国で同じような悩みを抱える地域への事業展開の道がひらける。町の魅力が高まれば、投資した物件の資産価値が向上する利点もある。

イメージ覆し若者呼び込む

ただし、立地が良いからといってただ募集すれば新しいアイデアを持つ人たちが集まってくるわけではない。街の魅力を高めて発信する地道な取り組みが欠かせない。

例えば、馬喰横山で有志が集まる「面白がる会」。2年前にこの街にやってきた唐品知浩らが主催する。問屋を面白がる会やレモンサワーを面白がる会などテーマを変えて毎週開く親睦会には、新しく来た人でも気が向いた時だけ参加してもらえれば自然と問屋街になじむことができるだろうという趣旨だ。

建築家の冨川浩史も生まれ変わりつつある馬喰横山の魅力にとりつかれた一人だ。「ご近所さんがすぐに声をかけてくれるんです。下町らしさがありながら(ビジネスについては)放っておいてくれます」。4階建ての空きビルを使って設計事務所を立ち上げた。今ではURが買い上げた物件の設計も一部手がけている。

森迫氏は焼き芋専門店を営む

URが馬喰横山で空きビル再生に取り組んだのはこれまで6件。みどり荘や設計事務所のほかに、ビーズ問屋だった中古ビルは若者の間で流行しているシーシャ(水たばこ)バーに変身した。問屋街のイメージを覆す存在を呼び込むことで若年層へのアピールという、これまでにはなかったサイクルも生み出そうとしている。

どこか無機質な問屋街のイメージを逆手にとった地域再生ビジネス。脱サラして空きビルの跡地で21年末に焼き芋専門店を開いた森迫信太郎は埼玉県の出身だ。「実は問屋街の人たちって温かい」と言う。互いの商売を助け合う問屋街の気風のおかげで商売もひとまず軌道に乗りつつある。馬喰横山を起点に、将来はフランチャイズも含めた他店舗展開を目指すと意気込む。

都会の片隅で消えつつある地域の特色を生かした手作りの負動産再生は、まだ緒に就いたばかりだ。ただ、いつの日か馬喰横山が活力をなくした街の再生モデルとして語られる日がくるのかもしれない。

=敬称略

(石崎開)