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2%目標・量的緩和、評価割れる 白川日銀前総裁寄稿 バーナンキ氏にノーベル賞

両氏は同時期に中央銀行トップを務め、2008年のリーマン危機に対処するなど関係を深めた。コメント全文は以下の通り。(総合2面参照

私は実務家なので、バーナンキ氏の業績の評価は主として政策当局者の側面に基づくものとならざるを得ないが、最初に大恐慌の研究者としての業績に触れると、高く評価している。私がかつて同僚と共に日本のバブルについての本を出版した時も、彼の研究論文を参考にした。最大の功績は大恐慌の発生に際し、貨幣数量説的な貨幣の減少ではなく、銀行行動の分析に基づく信用の減少が決定的な影響をもたらしたことを明らかにした点だと思う。

そうした学問的業績をもった人物が、大恐慌以来といえるグローバル金融危機時に米中銀のかじ取りの責任者であったことは幸運であった。リーマン・ブラザーズ破綻後にFRBが講じた一連の金融危機対策は、金融市場の機能崩壊の防止ないし回復にもっぱら焦点を当てており、世界の経済・金融が1930年代の再来を回避する上で極めて重要な役割を果たした。こうした施策には金融危機の伝播(でんぱ)メカニズムに関する彼の知見も生かされていたと考える。

ただ、こうした危機対策は大混乱が起きたことへの対処であり、そもそもリーマンの破綻をなぜ米国当局者が許容したのかという根源的な疑問は残る。バーナンキ氏やポールソン元米財務長官は、連邦準備法による担保不足の制約をリーマン破綻を許容した原因として挙げるが、私には公的資金の投入に対する政治的、社会的反対の強さの前に、米当局者が逡巡(しゅんじゅん)したとの思いが拭えない。

興味深いのは同じく大恐慌研究で名高いミルトン・フリードマンの生誕90周年を記念して2002年にシカゴ大学で開かれた会合で、バーナンキ氏が行った講演の締めの言葉である。

「大恐慌に関して言えば、フリードマンは正しい。FRBが大恐慌を引き起こした。我々は申し訳なく思う。しかし、フリードマンのおかげで、我々は再びそうした事態は繰り返しません」と述べている。事態は繰り返されなかったのか。リーマン破綻により世界の金融システムが一度は崩壊の崖っぷちに立ったと考えると、評価はかなり微妙である。

金融政策の面ではバーナンキ時代のFRBはふたつのことを行った。ひとつは量的緩和の推進であるが、その効果はかなり限定的であり、評価はかなり分かれる。

もうひとつは2%を目標とする物価安定目標の導入である。これにより、ニュー・ケインジアン経済学に基づく金融政策の枠組みが一応の完成をみた。

ただ、この点も論者によって評価が分かれるであろう。中銀の総裁仲間であったイングランド銀行元総裁のマービン・キング氏や私は「専ら均衡経路の周りの確率的な変動に焦点を当て、しかも金融という要因が欠落した金融政策ストラテジー」に根源的な疑問を持っていた。この枠組みの下で、世界はグローバル金融危機と今回の高インフレという2回の大きな経済変動を経験したことを考えると、金融政策ストラテジーの議論は進まなければならないと思うし、実際に進むだろう。

学者時代のバーナンキ氏は日本の経済や金融政策に対して辛辣な言葉で批判したことで知られるが、後に政策当局者の立場に身を置いた経験を踏まえ、回顧録で率直に反省の弁を述べている。強い意見の持ち主であるが、FRB議長時代のバーナンキ氏は国際決済銀行(BIS)をはじめ中銀関係者の会議では、どんなに批判的な意見を投げかけられても、感情的にならずにいつも論理的かつ明晰(めいせき)な言葉で説明を行う姿が印象的であった。

そうした彼の姿勢には敬意と好感を抱いていたのは私だけではないと思う。意見の違いはあっても、かつて一緒に仕事をした中銀仲間のノーベル経済学賞受賞を祝したい。