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マンション高騰の先は 駅前×再開発、局所バブルの新景

庶民的な街、東京・十条に「億ション」

「ザ・タワー十条」(東京都北区)の売りは駅徒歩1分の好アクセス(モデルルーム内の模型)

「本当にこんなに高いのか」。市場関係者の間で今、大きな話題となっている新築マンションがある。東京都北区で建設が進む、東急不動産と日鉄興和不動産のタワーマンション「ザ・タワー十条」だ。9月末時点での予定平均価格は1坪(約3.3平方メートル)当たり483万円。3LDKで一般的とされる70平方メートルの住戸に換算すると1億円強にのぼる。10年前なら東京都心の物件でも買えたほどの高値だ。

十条はJR埼京線で池袋駅まで6~7分とはいえ、庶民的な商店街が広がる下町。新築戸建て住宅は5000万円台でも買える。エリア内では異例の高値だが、それでも今月3日の第1期1次販売では、総戸数(非分譲分を除く)の3割弱に当たる105戸を供給。最高倍率は33倍に達した。

なぜこれほどの高値でも需要があるのか。大きな理由の1つが「駅前」だ。このマンションの建設地はJR十条駅の目の前で、改札までわずか徒歩1分。新型コロナウイルス禍の後も完全に在宅で働く人は限られており、通勤時間を短縮できる駅前物件の人気は依然として高い。

もう1つの理由は「再開発」。十条駅前はもともと、飲食店や事務所などが立ち並んでいた。再開発により、広場や新しい商業施設などが併せて整備されるため、街の価値が向上しマンションの資産性も高まるという期待を誘っている。過去に再開発で生まれたマンションの中古価格が、新築分譲時より大幅に上昇しているケースが多い点も、こうした期待を膨らませる。

最近は「都内では再開発できる土地が限られるようになってきた」(日鉄興和不動産の茂見匡泰・再開発推進部長)ため、神奈川県や埼玉県などの近郊・郊外エリアで分譲される駅前再開発マンションも目立つ。いずれも地域内では高額だが、「米国の大手IT(情報技術)株と同じような感覚で、長期的に値上がりが期待できると考えて買う人が多い」(リクルートの池本洋一SUUMO編集長)。

実際に購入しているのは、コロナ禍前と変わらず「パワーカップル」のような高所得のサラリーマン世帯が多い。今は住宅ローン変動金利が最低0.3~0.4%程度で1億円を期間35年で借りても返済額は月約25万円。年収1500万円世帯なら十分に払える金額だ。コロナ禍後は在宅時間が長くなった人も多い。

さくら事務所(東京・渋谷)の長嶋修会長は「返済額が家賃よりも高くなく、資産性も期待できるのであれば、グレードの高いマンションを購入したいというニーズは強い」と指摘する。リクルートの「2021年首都圏新築マンション契約者動向調査」によると、昨年、都区部で8000万~1億円のマンションを購入した世帯のローン借入額は平均約7600万円にのぼる。

郊外駅前>都内駅遠 利便性で二極化

「あのとき購入しておけばよかった」。埼玉県在住で共働き世帯の30代前半の女性は肩を落とす。2020年初頭に東京都文京区の新築マンションの購入を検討したが、当時は高いと考えて見送った。ところがその物件の中古住戸は、今や新築時より2000万円ほど高い価格で取引されているという。新築マンションの値上がりが続き、周辺の中古相場も連動して上がっているためだ。

東京カンテイ(東京・品川)によると、今年1~8月の新築マンションの平均坪単価は首都圏平均で約326万円(70平方メートル換算で約6900万円)。12年の年間平均と比べて5割も上昇した。コロナ禍前の19年平均との比較でも5%高く、バブル期の1990年(1坪平均で約285万円)を大幅に上回る。低金利をテコにしたパワーカップルを中心に需要は旺盛だ。

通勤時間の短縮につながる点や資産性の高さから、東京都心部の駅前立地のタワーマンションの人気は高い。代表例は三井不動産レジデンシャルなどが販売する、都営大江戸線・勝どき駅直結の「パークタワー勝どきミッド」(東京・中央)だ。

この物件の平均坪単価は約445万円(東京カンテイ調べ)。70平方メートル換算で9400万円台と高額ながら、年収1200万~1400万円程度の世帯を中心に人気だ。入居開始予定の24年4月まで1年半あるが、駅徒歩2分の別棟「サウス」と合わせ、全体(非分譲分を除く)の7割以上に相当する1200戸以上をすでに販売済みだ。

取引件数が多く需給を敏感に反映する、東京湾岸エリアの中古価格も高騰している。都心や近接エリアの物件が新築・中古を問わずに高騰した結果、一般的なサラリーマン層は購入が難しくなっている。近郊や郊外の物件に選択肢を広げる必要に迫られるが、そうしたエリアでも駅前で利便性が高く、再開発などで規模も大きいマンションは高値が目立つ。

日鉄興和不動産と三菱地所レジデンスが手がける地上23階建ての「リビオタワー羽沢横浜国大」(横浜市)はその一例だ。19年に開業した相鉄線「羽沢横浜国大駅」の目の前の再開発エリアで建設が進んでおり、平均坪単価は約340万円(東京カンテイ調べ。70平米換算で約7200万円)。すでに総戸数(非分譲分を除く)の4割に当たる141戸を供給し、約9割が成約済みだ。

「リビオタワー羽沢横浜国大」(横浜市)の下層階には商業施設が併設される(モデルルーム)

羽沢横浜国大駅の周辺には買い物施設がほとんどないが、マンションの下層階には商業施設が併設される。交通利便性はすでに高く、相鉄・JR直通線を利用して品川駅や渋谷駅まで30分程度でたどり着ける。23年11月の竣工を前に、来春には相鉄線と東急東横線・目黒線の直通運転も始まる予定だ。資産性にプラスに働く要素が多いため、エリア内の新築戸建てより高額でも「値下がりのリスクを気にする購入検討者は少ない」(日鉄興和不動産)という。

駅から遠いとお手ごろ価格

一方で、こうした高額物件が供給されるのは、あくまで駅前・駅近に限られる。駅から遠ければ、都区部であっても価格の上昇は限定的だ。

東京建物などが手がける「ブリリアシティ石神井公園アトラス」(東京都練馬区)は西武新宿線の上石神井駅まで徒歩12分以上かかるが、今の都区部では珍しく平均坪単価が300万円を下回る。住環境の良さもありファミリー層などに人気だ。三菱地所レジデンスと近鉄不動産が分譲した「ザ・パークハウス新浦安マリンヴィラ」(千葉県浦安市。完売済み)も最寄り駅が徒歩圏外ながら、平均坪単価が200万円台前半と相対的に低めで、販売は順調に進んだ。

デベロッパー、焦らずじっくり

首都圏の新築分譲マンション市場では変化の兆しも出ている。2022年1~6月の発売戸数は当初予想の前年比プラスから一転して減少に転じた。販売価格の高騰や開発案件の少なさを受け、デベロッパーが値下げをせずじっくりと販売する戦略にカジを切っているためだ。都心部でのマンション用地の取得は一段と厳しくなっており、関東近郊や地方都市に進出する大手企業も目立つ。

不動産経済研究所(東京・新宿)がまとめた22年1~6月の首都圏の新築マンションの発売戸数は前年同期比4.2%減の1万2716戸だった。契約率は72.1%と好調の目安となる7割を2年連続で上回ったものの、発売戸数は2年ぶりに前年実績を下回った。

一つの要因が上昇を続ける販売価格だ。上半期の首都圏の平均価格は6511万円と1.5%上がり、過去最高の20年(6671万円)に次ぐ水準だった。将来の金利上昇懸念もくすぶるなか、消費者心理に変化が生まれ、一部の顧客は購入に慎重な姿勢を見せ始めている。

低金利は当面続くとの見方、円安による割安感も

マンション価格が高騰する一方、賃料は低下している。東京カンテイのデータでは、東京都区部の築3年未満の分譲マンション賃料は8月時点で1坪当たり月1万6344円。2021年4月の1万7970円をピークに下落傾向が続く。年間賃料を物件価格で割った利回りの低下につながるため、投資目的の需要にブレーキがかかりやすい。東京湾岸エリアについても「中古物件は『高い』とみて投資目的で買う人は少ない」(「ふじふじ太」名義で活動するマンションアドバイザーの藤田祥吾氏)。

「日経平均株価と都心部の中古マンション価格の連動性が高い」(さくら事務所の長嶋修会長)点も気がかりだ。マンション相場の本格的な上昇が始まった13年以降、日経平均株価も大きく上昇し、今も「運用益を活用してマンションを購入する富裕層や高所得世帯は多い」(東京カンテイの井出武・上席主任研究員)という。今年の日経平均は世界的な景気悪化懸念などを背景に4年ぶりの下落に転じており、高額なエリアや物件を中心に悪影響を受けかねない。

ただマンション価格が今後、大幅に下がるとみる業界関係者は少ない。理由は低金利だ。日銀が利上げに転じれば状況は一変しかねないが、日本が欧米のような高インフレに陥るリスクは現状では低いため、当面は低金利政策が続くとの見方は多い。

日本が低金利政策を続けると、欧米との金利格差がさらに広がって円安が一段と進み、海外からみた日本のマンションの「割安さ」が強まる可能性もある。三井不動産リアルティの畔上哲輝氏は「最近は米国の富裕層からの問い合わせも増えている」と証言する。アジア勢も含めた海外富裕層の投資が盛り上がれば、マンション価格は下がりにくくなる。

こうした楽観論が崩れるとすれば、世界的な金融不安が高まった場合だ。リーマン・ショックが起きた08年には東京都区部の新築マンションの平均坪単価は07年比で1割下落しており、今回もリスクが顕在化すれば大幅に下がる可能性がある。

蛭田和也、原欣宏、北川開が担当した。グラフィックスは安藤智彰、田口寿一

[日経ヴェリタス2022年10月9日号巻頭特集より抜粋]