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映画で学ぶ難民問題 安田菜津紀(4) 「FUNAN」「FLEE」 トラウマにアニメで向き合う

映画「FUNAN フナン」(2018年、ドゥニ・ドー監督)は、美しい光を駆使した柔らかい絵が観(み)るものを引きつける一方、カンボジアにおける、虐殺や飢えに見舞われた過酷な日々が描かれる。

1975年から79年にかけての約3年8カ月、カンボジアはポル・ポト政権の支配下に置かれた。恐怖政治が敷かれ、前政権の関係者や「裏切り者」とされた人間は徹底的に粛清された。

ごく平穏な暮らしを送っていた夫のクン、妻のチョウ、3歳になる息子のソヴァンは、ポル・ポト派によるプノンペン制圧後、都市部からの移動を強いられる。道中、爆撃に見舞われた混乱の中で、チョウはソヴァンを見失ってしまう。

 

極限状態の現実

 

たどり着いた農村では、朝から晩まで田畑を耕しても、一向に飢えが終わる兆しが見えなかった。栄養失調にあえぐ子どもたちの表情は陶器のように硬い。極限状態に陥った人々が、時に自分の娘を売ってまで食べ物を得ようとする生々しい現実がそこにはあった。

村人たちは常に、労働の「駒」として厳しく監視されていた。それでもわずかな隙を突いて、チョウたちが息子を探しに出ようとするシーンからは、息もつけない緊迫感が伝わってくる。

 

「FLEE フリー」(C)Alamy Stock Photo/amanaimages

「FLEE フリー」(C)Alamy Stock Photo/amanaimages

この映画で描かれているのは、生き残った家族が隣国に逃れるまでだが、難民となり、キャンプに収容され、深いトラウマと向き合いながら避難生活を送ることになるであろう、「その後」にも思いを馳(は)せたい。

「FLEE フリー」(21年、ヨナス・ポヘール・ラスムセン監督)もまた、「FUNAN」と同様、優しいタッチのアニメーションではあるが、この映画は監督が中学時代に出会った友人の証言を元に、その記憶をたどっていく「ドキュメンタリー」でもある。

 

同性愛者の葛藤

 

父親がアフガニスタン当局に連行され、生死さえ分からない状況の中、主人公アミンの一家は決死の思いで故郷を離れる。たどり着いたソ連にも自分たちの「居場所」はなく、家族はそれぞれに、さらなる移動を余儀なくされた。

彼の中には複数のマイノリティ性がある。避難者として常に「よそ者」扱いされ、内心ではゲイであることにも葛藤を抱えていた。アフガニスタンでは同性愛者は「存在しない者」として扱われていたのだ。

それらをすべて、カメラの前でさらけ出すのは容易なことではない。アミンは一度、愛する人に、逃避行の「秘密」を打ち明けていた。けれども関係がうまくいかなくなると、相手はそれを「脅しのネタ」にした。証言することで、関係する人々の身にも、リスクが及ぶかもしれない。顔を出すことの危険を回避しながらも、声を届ける表現手段はあるのだと、この映画は教えてくれる。

こうして故郷から引きはがされてしまった人たちの現実が、決して「歴史上の出来事」ではなく、現代と地続きであることを伝えてているのが、「アンネ・フランクと旅する日記」(21年)だ。監督は、レバノン内戦での自身の記憶を語るドキュメンタリー・アニメーション、「戦場でワルツを」を手がけたアリ・フォルマン氏だ。

アンネが「キティー」と名付けた日記が、少女の姿で現代に現れる、という不思議な設定も、アニメーションだからこそ描き出せる世界観なのかもしれない。

この映画は、日記を見ようと早朝からアンネの博物館に並ぶ人々の様子から始まる。彼らは、その傍らでずぶぬれになって凍える難民たちには見て見ぬふりだった。それは、「あなたたちはこのミュージアムに何を見に来ているのか」、という強烈な皮肉にも思えた。

70年以上時間を飛び越えてしまったキティーは、アンネの身に何が起きたのかを知らなかった。ユダヤ人というだけで社会からしいたげられ、命まで奪われていった現実は、キティーの中で、排除の危機に直面する難民の人々に重なっていく。

「アンネは崇拝されることを望んでいない」、とキティーはまっすぐ人々に叫んだ。博物館を訪問し、日記を見て「満足」するのではなく、感じ、考え、行動することを止(や)めないでほしいという彼女の切実な願いだった。

これらの映画もまた、思考を深め、次なるアクションのきっかけになっていくことを願う。

(フォトジャーナリスト)